基地に着く頃には私の悪巧み顔も収まった(千冬談)ようで、ブリュンヒルデを迎えるとあってか、盛大な歓迎を受けた。主に千冬が。
私はまるで千冬のおまけのような扱いで、時折声をかけられて握手を求められたが、何れもIS学園の卒業生かISの開発整備に関わる人たちだった。なんとも悲しい。
時刻はまだ昼前、ハルフォーフさんに連れられて基地内の食堂に着くと大量の料理が並び、なんとも言えない美味しそうな匂いを漂わせていた。
「これはまた美味しそう……」
「ブリュンヒルデをお迎えするんですから、初日くらい手を込んだものを、と思いまして」
私のつぶやきに誰がともなく返事をした。
少し棘があるニュアンスに感じられたのは私の色眼鏡だろうか。それはともかく、少し早めの昼食を取ってからハルフォーフさんに早速テストをすることを伝えると、彼女は少し困ったような笑みを浮かべてから隊員たちの元に駆け寄っていった。
私はただ、「新型機をさくっと動かせるようにしてから試運転を兼ねて"軽く"動かすからよろしく」と千冬っぽく言ってみただけなのに……
時計は1時過ぎ、今から1時間、いや、30分もあればレーツェル型1号機、
善は急げと言わんばかりに手近に居た人に整備場の場所を聞いてからそっちに向かうと警備兵は顔パス(と言うよりいま着ている自衛隊の制服だろう)で扉を開けてくれた。
中に入り、作業をしている整備兵に軽く挨拶をすると厚木のハンガーよりずっと広い整備場の奥にお目当てのものがあった。シルバーグレーの無骨な機械鎧。そんなイメージを持たせるソレはご丁寧に作業台に乗ったままで、今すぐいじってくださいと言わんばかりだ。
「それじゃ、早速……」
IS研究開発界隈では割と有名人でもある私がいきなり入ってきたと思ったら、いきなり最新型のISをいじりだした光景がそんなに異様なのか、視線を背中に痛いほど感じながら作業をすすめた。本当に30分もかからず終わった作業は主にエネルギーバイパスの最適化だった。いくらISが自己進化する機械とは言え、ある程度のベースを作る必要があるのは言わずもがなだ。元が良ければ成長したらもっと良くなるんだからココで自己進化に任せるような開発の仕方をするのはまだまだ甘い。
と、説教垂れるのは後にして、全体的な出来はとても良い。それこそ私が仕上げしかしないくらいには。さすが機械のお国だ。他のIS開発先進国と呼ばれる日本、アメリカ、イギリスのどれとも違うマルチロールな感じ。私の好みだ。
「あー、
「
「博士呼ばわりはやめてほしいよ……」
私のボヤキが聞こえたか聞こえなかったか、こそこそと「上坂さん?」とかなんとかもろに日本語で話してるのが聞こえた。おい、お前ら、整備課の卒業生だろ、覚えてるぞ。
制服のまま新型機に飛び乗ると早速起動。すこし動いてみると若干もたつく感じはあるが、ISスーツとこれからの修正で補正可能な範囲だ。
PICでふわふわと浮きながら構内を進み、IS訓練用のフィールドに併設されたピットに機体を入れると全力で隊舎へダッシュ。道中ハルフォーフさんに私の部屋番号を聞きながら、ARレンズで写した構内図を頼りに広い広い基地内を駆けまわる。
走ること5分、息も絶え絶えに私にあてがわれた部屋の前にたどり着くと、ドアノブをひねった。まぁ、鍵はかかってないよね。これで施錠されてたら泣くよ。
シングルベッドが一つ、黒いログの上にローテーブルとモノクロチェック柄のクッション。テレビ台と20インチくらいのテレビ。そして別に机と椅子。その他キッチンやらなにやらを見て回り、部屋の隅に私の荷物を見つけると自衛隊のモンドグロッソ仕様、千冬の紺とは逆の配色になっているISスーツを取り出すと再び来た道を駆け戻る。時計を見ると1時50分。すこし部屋に長居しすぎたようだ。さっきの電話でハルフォーフさんには2時からと伝えてしまった以上は時間を守らねば更に舐められる。
5分で来た道を3分で帰ると外から見える可能性もお構い無しでピットで速攻で着替えてレーツェルに飛び乗った。
「いやぁ、遅刻するかと思った……」
「10分前行動は当然です。先輩こそ、5分前に飛び込んでくるなんて珍しいですね、迷いましたか?」
「ちょっとね。部屋で荷物探すのに手間取っちゃった」
そして、フィールドの真ん中でハルフォーフさんと他愛もない話をしているわけだが、後ろにいる隊員たちからの視線がすごい。全員おそろいの眼帯、というわけではないが、ほとんどが黒い眼帯をして残った目で私を睨みつけてくる。ARレンズを通して見える彼女らのデータを見ればほとんどがIS学園の卒業生だった。まぁ、しょうがないよね。
中には結構殺気を飛ばしてくる子も居るが、そんなのをいちいち相手にしていたらキリがない。
「さて、約束の時間だから始めよう。私をブリュンヒルデだと思って全力で潰しに来てね。レーツェルのデータ取りでもあると同時に君たちのデータ取りでもあるから」
「全員、上坂大尉に敬礼!」
ハルフォーフさんの一声で背後の隊員たちが一斉に敬礼をしてきたのにこちらも返礼をしてから私はレーツェルに、黒ウサギ隊の1番目の子はドイツの第1世代、
「1番目、名前と階級を」
「…………」
「学園の卒業生だろ? 日本語がわからないとは言わせないぞ。ここでは私が上官だ」
「はぁ…… アリーセ・シュタルク。少尉であります」
「最初からそうしてくれるとさっさと終わる。じゃ、始めよう。ハルフォーフさん、カウント出せる?」
コントロールルームからこっちを見ていたハルフォーフさんが両手で丸を作ってから見えなくなったと思ったら5カウントが始まった。唐突だね。まぁ、ちゃんとコアネットワークを使えばよかったのかもしれないけど。
「ちゃんとデータを取らせてね」
カウントが0になると同時にシュタルク少尉がアサルトライフルを展開するのを見つつ、私は何もせずにスタート地点で姿勢を変えずに立っている。
少尉がトリガーに指をかけるのが見えたら即座にナイフを両手に展開してARレンズで補正をかけた射線予想にそのままナイフをあてがうとすぐに火花が散った。驚きに目を見開いているが、その余裕が今は命取りだ。
すぐさま
『たかが整備課風情が私にッ!』
『おうおう、やっと吠えたな』
10分ほど粘ったが、ISのシールドエネルギーは大して削れていないが操縦者のほうがギブアップ寸前だ。そりゃ、体の方にダメージを通す戦い方をしているのだから当然だけれど。
がむしゃらにばらまかれる弾丸を避けてまわり、再び瞬時加速で接近して今度はブースト回し蹴り(今命名)をお見舞いしてあげる。コレが止めになったのか、彼女は見事に吹っ飛ぶと泡を吹いて気絶してしまった。すぐさま試合終了のホーンが鳴り響き、私はISを解除すると少尉の下に駆け寄った。バイタルは正常。内臓へのダメージもなし。そう、ISの操縦者保護機能を最大限に活かすとすごく辛くて痛いんだけど怪我しないという今みたいな純粋な痛みだけでノックアウト、なんて真似ができてしまう。
彼女を抱きかかえてから黒ウサギ隊側のピットに戻ると彼女をすぐに医務官にまかせて次の隊員に来るように指示した。その時の彼女たちの顔には最初の余裕は無く、まるでバケモノを見るような目で私のことを恐怖などが入り混じった目で見ていた。
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自衛隊から来た一人が
『千冬先輩! 杏音先輩がウチの隊員のテストという名目でISバトルを! それで、それで……!』
「落ち着け、杏音がシュヴァルツェハーゼをしごいているというのは風のうわさで聞いている。それがどうした」
『一人目がバトルの末に気絶、二人目はバトル開始前に杏音先輩に睨まれて気絶、三人目は対戦を拒否してピットの中に他の隊員とともに閉じこもっています!』
「…………」
『と、とにかく早く来てください! 杏音先輩ならピットの電子ロックをハッキングして中から隊員を引きずり出しかねません!』
「分かった、ちょうどそっちの様子を見に行こうと思ってたところだ。急ぐ」
『お願いします!』
あんなに焦った様子のクラリッサは久しぶり、いや、初めて見た。学校内での彼女しか知らないが、それこそ"冷静沈着"を絵に描いたような奴だと思っていたが……
ともかく、杏音がやり過ぎたのなら止められるのは私か束くらいだ。どうせ杏音のことだから「最初の数人は自分の実力をしらしめるための生け贄、それからは自分が手を抜いてまじめにデータを取る」とかそんなふうに考えていたのだろう。それが予想外の方向に転んだようだ。
フィールドに着くとすぐさまコントロールルームに飛び込んだ。中には狼狽して顔面蒼白のクラリッサと今すぐにでもハッキングを始めますよ、と言わんばかりの杏音だった。
「千冬先輩!」
「あ、千冬」
「あ、千冬。じゃない馬鹿者が! 今度は何をしでかした!」
部屋に入るなり杏音がマヌケなことを抜かしたから怒鳴ってしまった私は悪くない。悪くないはずだ。
その後、杏音本人から事情を聞けば「ちょっとばかし黒ウサギのメンタルが弱かった」なんて事を言い放ったから今度は無言で拳を落としてやった。こいつ、段々と思考が束に似てきてる気が…… 気のせいだ、気のせいにしないと……!!
クラリッサもあたふたしながらドイツ語で何かをつぶやいているし、ひとまず杏音にピットを強制的に開けさせると私が彼女らのもとに向かうことにした。
杏音を引きずってピットに向かうとちゃんと扉は開いていて、近くの壁を軽くノックして「私だ、織斑千冬だ」と言うと中から「あー、千冬! 待ってましたよ!」と聞き覚えのある声がした。確か、1年と2年でクラスが一緒だったパトリシア・ハイデマンだ。
「パトリシアか? 入っていいか?」
「久しぶりだね! もちろん入っていい―― ちょっと待ってね、杏音は一緒にいる?」
「ああ、一発殴って引きずってきた」
「Oh...やることが千冬らしいね……。と、とにかく、今この子達に杏音を見せるのはまずい。アリーセやサビーネが気絶したのを見てちびっちゃった子も居るし……」
杏音を睨みつけると「私悪くないよ、そんなにやりすぎてないよ」と言外に告げるように首を横に振ったので壁に叩きつけて意識を奪ってからネクタイで腕と足を縛って廊下に転がしておいた。
そしてピットに入ると私達の同級生や1つしたが必死で年下をなだめているようだった。幸いなのは私達を知らない世代の隊員にISが奪われていなかったことだ。軽くパニックに陥っているこの状況では杏音が殺されかねなかった。
「その、なんというか…… すまなかったな」
私が頭を下げると同級生数人は「千冬のせいじゃないって」などと声をかけてくれるが、私の気が済まない。私と同時に派遣された自衛官が借りのある国のエリート部隊をフルボッコなんてシャレにならないのだから。
何はともあれ、数十秒、頭を下げ続け、ちらりと様子をうかがいながら目線だけ上げるとハイデマン達(ココでは年長組と呼んでおくか)がなんとも言えぬ表情で私を見ているのと、もっと下の世代(同様に年少組と呼ぼう)が驚愕の表情を向けていた。
顔を上げるとハイデマンがコーヒーを出してくれた。それを受け取って進められるままにベンチに座ると事の顛末を相手側から聞くことになった。
「名目上は最新鋭機のテストと私達のデータ採取ってことでクラリッサがコレをセッティングしたわけだけど、実態は多分技術者としての杏音が舐められる前に芽を摘んでおこうってことだと思ってるんだ」
始めから図星を突かれる。私が苦笑いをしたのを正解と受け取ったか、パトリシアは続けた。
「多分空港からの車でクラリッサが告げ口したんでしょ? 私達は杏音がどんな人間かわかってるから何も言わずに喜んでたんだけど、部隊の中核を占める下の子たちがね……」
ちらりと奥のほうで整列する隊員たちを横目で見てから「パイロットが一番偉いんだ、って思考にとらわれちゃってるから…… 残念だけど」と言った。
「ま、ともかく、ソレでこのテストに舐めてかかったアリーセ、あぁ、最初の子ね。その子が気絶、それもIS本体のシールドエネルギーは一切削らず、杏音が使ったのはナイフだけでね。そんなことになったら2人目からはもうダメだよね」
「なるほど。気絶した2人に怪我は?」
「無いよ。杏音のことだから最初からコレを見越して体を狙ったんじゃない? それに2人目は杏音が睨んだだけだしね」
聞いていて頭が痛くなってきた。とりあえずコーヒーを啜る。
廊下から「杏音先輩!?」とクラリッサの声がしたが、「放っておけ、自業自得だ」と廊下に向けて声をかけるともっと偉そうな女性を連れてクラリッサがピットに入ってきた。
2人が入ってくるなり、隊員たちは一斉に敬礼。私も合わせておく。女性が手を振ると一斉に額に当てていた手を下げた。
その女性の肩を見れば中佐の階級章がついていた。非礼にならなくてよかった。その後は数分間その中佐が隊員たちを叱咤(何を言っているかはわからなかった。だが、ニュアンス的にあまり良いことではなさそうだ)し、そして私の目の前にやってきた。
「織斑中尉、この度はシュヴァルツェハーゼの面々が日本国からわざわざいらしてくださった指導官の方々にご迷惑をお掛けしました」
なんとも流暢な日本語に私が少し面食らうと、中佐はすこしはにかんでから「申し遅れましたが、エリーザベト・ゼーバッハです。彼女たちシュヴァルツェハーゼの管理官ですね」と申し添えてくれた。
「日本国より参りました、織斑千冬です。こちらこそ、上坂がご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」
そう言って再び頭を下げてから私が相手となって彼女たち、シュヴァルツェハーゼの隊員たちの基礎データ収集が再開された。
もちろん、杏音は廊下に転がしておくのも迷惑なので私がきちんとピットの中で干しておいた。だが、この後暫くの間、杏音はシュヴァルツェハーゼの年少組から畏怖の念を向けられることになるのだが、それは仕方のない事だな。