よくある転生モノを書きたかった!   作:卯月ゆう

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左遷されたよ……

「杏音、すまなかったな。お前まで巻き込んでしまって」

「そのセリフ何回言うつもり? もう良いよ。千冬は正しいことをした。それを分かってくれてる人もいる」

 

 私たちは2人で空の上。今回はチャーター機なんてものじゃなく、普通に民間機のエコノミーに2人並んで座っている。

 行き先はドイツのフランクフルト。私達の今の服装は常装冬服。これでプライベートな旅行ではないことがお分かりいただけると思う。

 理由はそう、ドイツへの出向だ。原作と違って私も一緒に。名目は「要人救護にあたって協力の御礼」そういう題目で技術供与をするそうだ。私がメカニカル面での、千冬が操縦技術面での、と。

 いくら日本から海外に向かう飛行機とはいえ、多くの観光客の中で制服の自衛官2人。それも片方は時の人となれば嫌でも目立つ。千冬は最初のうちは浮かない顔ながらもサインなどに応じていたが今では浮かない顔が沈没事故を起こすレベルで悲壮感を漂わせている。

 こっそり私が通路側に移動して千冬をブロックしつつやっと半分を過ぎたフライトの中でこれからのことを考えていた。

 ドイツに着いたらおそらく"まだ"ハルフォーフさんが隊長を務める黒ウサギ隊の面倒を見ることになるだろう。そして千冬はラウラに目をつけ、育て上げると。私はおそらく……第2世代機の開発にでも付き合わされるのだと思う。適当にAICのヒントだけ置いて1年でさっさと帰るつもりだ。

 

 

「千冬、起きてる?」

「ああ」

「私、ドイツから帰ったらこの仕事やめようと思う。千冬はどうする?」

「私もそれを考えていたよ。もっと普通な、ちゃんと毎日家に帰れる仕事がしたい」

 

 この先IS学園に先生として赴任して結局帰れない、なんてことを告げるのは酷なのでとりあえず同意する。

 私達2人がISに構っている間に一夏くんや箒ちゃんはだいぶ大きくなった。肉体的にも、精神的にも成長した。もちろん、長い年月が経てば成長はする。私の母から聞いた話では、一夏くんはここ数年で特に炊事家事洗濯と家事全般の能力を著しく伸ばしていたらしい。曰く「千冬姉はどうせダメダメだから俺がしっかりしないと」らしい。なんとも姉思いな弟だろう。そんな弟が傷つけられればブチ切れてこんなことになっても仕方ない。

 私は意識を戻した一夏くんに一度怒鳴られたことがあった。「どうして俺を助けた千冬姉に手錠をかけた」と。「千冬姉はなにも悪いことをしていないだろう」と。彼は最後のあの瞬間を見ていたらしかった。そんな彼に私はただ「ごめんね」とつまらない謝罪をすることしかできなかった。大人の事情を並べ立てることはできただろうが、彼がそれを理解してくれるなんて思わなかったし、私自身、千冬を拘束なんてしたくなかったのだから。

 

 

「後1年。長いな」

「技術者的にはあっという間なんだけどね」

「お前らしい。すみません、コーヒーをお願いします」

 

 ロシアとその周辺の国境をかすめるように飛んで行く飛行機の中で千冬の飲むコーヒーの匂いがやけに焼き付いた。

 

 

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 フランクフルトに着いたのは現地時間で午後の3時。なんだかんだで初めて通る到着ロビーを抜けて車回しに出ると空軍の制服をきっちりと着こなした顔見知りが黒いベンツのボンネットに黒いストッキングに包まれた足を艶めかしく組んで寄りかかって待っていた。

 こちらに気づくと慌てて姿勢を正して敬礼をすると、

 

 

「Herzlich Willkommen in Deutschland. Hauptmann Uesaka,Oberleutnant Orimura. ドイツへようこそ、上坂大尉、織斑中尉」

 

 笑顔でそう言い放った。左目には眼帯がすでにある。術後だったか……

 

 

「Ich freue mich, Sie wieder zu sehen. またあえて嬉しいよ、ハルフォーフさん。いや、ハルフォーフ中尉」

「久しぶりだな、クラリッサ。第1回モンドグロッソ以来だから3年ぶりか?」

「2人共同時に話さないでください、何を言っているかわかりませんよ。相変わらず杏音先輩はドイツ語がお上手で。そうですね、3年ぶりです。その間に色々ありましたが、そういう話は車で。基地はケルンなのでここから2時間ほどです」

 

 

 慣れた手つきでトランクを開けると私達のスーツケースを2つ放り込んで閉め、そのまま流れるようにリアドアを開けた。私達がブラックレザーのシートに見を預けるとハルフォーフさんは助手席に乗り込んだ。

 さて、つもる話も多い。特にその左目は。

 

 

「最初に確認だけ、上坂大尉、織斑中尉2人は今後1年間に渡り我々ドイツ軍IS特殊部隊の教官についていただきます。その際に得た機密情報その他は、もう言いたいことはおわかりですよね?」

「「ええ(ああ)、問題ない」」

「特に上坂大尉はそういった情報に触れる機会が多くなると思うので。情報管理だけは厳重にお願いします。と言っても、生徒会専用フォルダのあのセキュリティを見ればどれだけセキュリティリテラシーが高いのかと言いたくなりますけど……」

「別に情報を厳重に保管するに越したことは無いでしょ? それに、今実用化に向けてラストスパートかけてる第2世代、Rätsel(レーツェル:謎)型だっけ? アレの設計データは日本から見れるくらいガバガバのセキュリティだったからだいたい知ってるし」

 

 私があっけらかんとそんなことを抜かすとハルフォーフさんはもちろん、ドライバーの女性も冷や汗をかいているのが分かった。

 国の最重要機密と言ってもいい最新鋭のISの情報が筒抜けなのだからこの会話を盗み聞いているドイツ軍上層部は大慌てだろう。私が事前に下調べもせずに何かすると思っていたのだろうか? ならば私という人間の調査不足としか言いようが無い。

 

 

「せ、先輩はそういう人でしたから……。で、織斑中尉、日本の自衛隊から『貴殿の持てる技術を余すことなく発揮するように』と伝えるように言われています。手抜きはなしで学園の時みたくスパルタでお願いします」

「分かった。もとよりそういうつもりだ。杏音も操縦指導に加わるのか?」

「場合によってはお願いすることもあるかもしれません。実のところ……」

 

 ハルフォーフが私達に顔を寄せるように手を招くままに顔を寄せると耳打ちされる。

 

 

「ドイツ軍の上層部、と言うより軍の殆どは杏音先輩をただの技術屋だと思ってます。残念なことにパイロットが偉ぶっている節がわが隊にもあるので舐められる前に……」

「叩きのめしてやる」

 

 私は数年ぶりに"悪巧みをするときの笑い"と形容される笑みを浮かべるとハルフォーフさんから顔を離して座り心地のいいシートに寄りかかると軍のデータベースにアクセスを始めた。もちろんARレンズは持ち込んでいるので外からは見えないキーボードで外からは見えないウィンドウを見ていることになるが……

 

 

 

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「千冬先輩、杏音先輩が卒業してからのIS搭乗時間は分かりますか?」

 

 杏音が早々に会話から離脱して空を見始めた(ああいう時には大体なにか考えていることを知っている。それに、時折左目が光るから何か仕込んであるんだろう)ところでクラリッサが聞いてきた。

 確かに自衛隊で杏音がISに乗っているのをあまり見た記憶が無い。雪片のテストをするときに撃鉄改で相手をしてもらったが、それでもせいぜい10時間だ。それ以外には……ハンガーから出して軽くテストをするときくらいか?

 

「そうだな……多く見積もっても100時間は乗っていないだろう。戦闘機動も暮桜が完成した時に少し暴れた程度だからせいぜい10時間だ」

「実質ゼロ、ですか……」

「そうだな。だが、この前のモンドグロッソで私を拘束したのは杏音だ」

「ッ……!」

 

 クラリッサが驚きに目を見開いている。私だってあの時は必死過ぎて驚きはしなかったが、今考えれば異常なことだ。"ただの整備員が"ブリュンヒルデを追い掛け回してドッグファイトを繰り広げたのだから。

 私が思うに杏音は私の知らないところでISに乗っている。どうせ束絡みだろう。それで戦闘機動を行っていれば当然の実力だ。

 杏音はISの使い方に関しては束以上に熟知していると私は思っている。ハイパーセンサー然り、他の機能もだ。束は普通の人間にはオーバースペックなものを作り上げた。なのに杏音はそれをフルに使いきれているのだ。1年の時、初めての模擬戦で「ISに死角なんてない。すべてが見えるんだから」なんて言った時には化け物かと思った。人間は360度見える生き物ではないのだから死角ができて当然なのに、杏音はある方がおかしいとも取れる言い分だったのだ。

 今では候補生クラスなら使えて当然の技術である瞬時加速(イグニッションブースト)もそうだ。余剰エネルギーを再度取り込んで放出するなんて誰が考えるだろうか? 束と杏音は方向性こそ違えど、2人揃って頭がおかしい。束は0から1を作ることに掛けては天才だ。だが、杏音は1を10にも100にもする技術がある。20年以上の付き合いで私はそう思うようになっていた。

 

 

「杏音先輩、やっぱり底が見えないというか……」

「ああ。あいつはISに乗せたら一番厄介な相手だ。ある意味私より戦いにくいだろうな」

「ブリュンヒルデにそれと同格、またはそれ以上…… 本当に規格外な先輩達ですね」

 

 クラリッサに一発拳骨を落としてから私も顔を離して窓の外に目を向けた。高速道路を走っているのか、ガードレールの向こうには畑らしきもの、そのさらにむこうにチラホラと建物も見える。

 少し窓を開けて異国の空気を吸い込んでみる。束ならこう言うだろう「空気なんてどこでもいっしょじゃん」杏音はこう言うだろう「あぁ、海外っていいわぁ~」

 私はこういう。

 

 

「少し、寂しいな」

 

 私の囁きは誰の耳にも入らず、風切音とともに車内を一周して消えた。

 杏音は相変わらず窓の外を見たままだし、クラリッサは手元のタブレットで何かを始めた。さて、私は何をするべきだろう?

 バックパックから一冊の本を取り出し、読むことにした。

 

『サルでも分かるドイツ語―日常会話編―』


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