イーリスはわからなかったので千冬のひとつ下、原作時点で23ということで……
選抜試験で千冬が無双をしてから1ヶ月、頼んでいた機体がついに届いた。倉持技研が開発した第1世代。千冬の専用機になる暮桜だ。
だが、この暮桜、納入されてハンガーに入ってから千冬による試運転もなくいきなり分解された。
そういうわけで一度暮桜をバラしたら設計上のボロが出るわ出るわ。機動性に極振りするあまり重要なところの強度が無かったり、火器管制システムが撃鉄のものをちょっと弄っただけでごまかしてあったりとちょっといい撃鉄レベルの鉄くずに日本国は数億の開発予算をつぎ込んだのだ。ただのアホとしか言いようが無い。
そういうわけで、私は生徒会選挙まっただ中に全力で学校と基地を行ったり来たりする生活を送っていたが、その甲斐あってゴミクズ同然だった暮桜は千冬の知らない間にリビルドされ、世界最高レベルの機動性と情報処理システムを搭載した究極のISに生まれ変わった。
記念すべき初飛行では政府の偉い人なんかも居る中で堂々と"倉持のロゴを消して私とメカニックのサインを書いた"白に差し色で桜色の入る機体は空に舞い上がった。
倉持の人間から射殺すよう目で見られた我々メカニック一同だったが、修正点をまとめた報告書(解決策の論述もしたから50万字は超えた)を出してやるとひとまず黙った。そういえば、生徒会の篝火は倉持に就職が決まったと言ってたな……
「お疲れ様でした、上坂さん」
「いや、みんなもよくやってくれた。まさかあんな鉄くず掴まされるなんて思わなかったからね」
「ホントですよ、倉持は何考えてるんだか。それでも、次期自衛隊正規採用も倉持って話ですし……」
「自衛隊配備機15機を全改修とか洒落になりませんよ」
そして、私は今メカニック達と絶賛打ち上げ中だ。基地内の食堂で。
まぁ、外出許可が降りなかったから仕方ないね。ちなみに今の時間は書類上"お仕事"なので就寝が遅れても私が上から少し文句を言われるだけだ。
「それにしても、まさか上坂さんが武装を一から作りなおすとは思いませんでしたよ」
「ですね。一緒に届いていた長刀でも良かったんじゃないですか?」
武器関連が得意な豊田一曹と本田一曹が口をそろえて言う。だけど、私が暮桜のプリセットであり、ほぼ唯一と言っていい刀を作り上げたのは原作通りに千冬に勝ってもらうためだ。
そのために私の記憶に焼き付いている千冬の剣を振る姿を思い出しながら脳内で再三演算を繰り返して千冬好み、というよりも千冬専用のエネルギーブレード、雪片を作ったのだ。本人の評判もすこぶるいい。ただ、実体兵装メインの日本おいてめったにないエネルギー兵器なのでシステム系をほぼ一から組み直した。機体周りはメカニックの彼女らに任せても問題ないレベルの技術があることはわかっていたので丸投げ、だから学校ではシステムを書き、基地では雪片を作っていた。
「あの刀は千冬専用だからね。長さ、重量バランス、グリップの太さと振った時の空気抵抗、打撃時に伝わる衝撃まで全部考えて作ったフルオーダーメイドだよ」
「なんというか……」
「上坂さんの千冬さんへの愛って、ねぇ?」
「好きなら素直にゴフゥ――」
変なことを言いかけた昴二曹を怪我しない程度に殴って黙らせ、周囲に「これ以上なにか言ったら殺す」と言わんばかりの目を向けると再びグラスに注がれたコーラを飲んだ。
二曹を殴ったことでそれなりの注目を浴びたが、傍から見れば作業服の集団がじゃれあっているようにしか見えないだろうから問題ない。
作業着の袖をまくって手首に巻き付いたリストバンドをトントン、と叩くと22:14と時刻が空中に投影された。正直利便性だけなら普通のアナログ時計がいいのだが、こういう細かい所にロマンを求めたくなるのだ。
「さぁさ、そろそろお開きにしましょう? 私はこれから学園に戻らないといけないし……」
「えぇ、夜はまだこれからじゃないっすかぁ」
「あんな寒くてがたがた言うプレハブで寝ろと?」
私がマジで勘弁して下さいという顔で見ると川崎二曹は「あっ…(察し」と言った顔をしてから「そうっすね、上坂さんは学生ですし、仕方ないっすね」と言った。
散らかったテーブルを片付けてからハンガーに戻り、IS学園の制服に着替えると上からグレーのジャケットを羽織って黒い革の手袋をした。ちなみに千冬はボルドー、束は白の同じデザインのものを持っている。
律儀に隊舎の前で待っていてくれたメカニックの面々に挨拶をしてからもう顔なじみになった守衛さんに挨拶をして門を出た。
すでに慣れた基地から駅までの道を歩き、駅から電車、モノレールを乗り継いで約1時間、日付が変わるギリギリの時間に寮の自室に帰宅した。
寝ている千冬を起こさないようにこっそり着替えを持って大浴場まで行ってシャワーを浴びる。本当ならゆっくりと湯船に浸かりたいところだが、今それをやったら明日には水死体が発見されかねないので我慢だ。
そしてクセッ毛気味な髪をワシャワシャとしながらドライヤーで適当に乾かすと再び自室、こっそり布団に入ると千冬の声がした。
「今帰ったのか」
「今日は打ち上げがあったから」
「お前には無理をかけるな。暮桜のことだけじゃなく、生徒会でも、個人的にも」
「いいんだよ。私の好きでやってることだから」
「身体を壊すなよ。お前に倒れられると学園も部隊も困る……私もな」
最後にボソッと言ったことも聞こえてるよ。君の弟じゃないからね。
でも、そんなことに突っ込むのは野暮なのでスルーして言い訳を続けた。
「大丈夫、束が作ってくれた栄養剤飲んでるから」
「そんなのに頼らない生活を送ってくれ……」
束の栄養剤のおかげで私の体は健康を維持できているようなもので、あれをやめたらしばらくベッドで点滴を受ける生活になるだろう。脳みそ18個並列で動かすにはとんでもないエネルギーが必要なんだと身を持って知った。
暮桜のリビルド以降、私は絶賛栄養不良なのだ。なので束お手製栄養剤を毎日1本飲んでいる。1ヶ月もすれば体内での栄養バランスが元に戻るからやめていいらしいけど。そりゃ、食物で補おうとしたら身体が拒絶しますし…… 一回やって吐いてしまったのは千冬には内緒だ。さらに言えば、無理やりノンレム睡眠に陥れる薬も服用していたり…… これじゃまるでヤク中だな。
普段は千冬の寝ている間に飲んでいる薬も今飲むと気づかれてしまってまた心配を――
「今日は薬を飲まなくていいのか?」
バレてたぁぁぁぁぁ
冷や汗が止まらないが頑張って平然を装う。
「の、飲むよ。なんで知ってるの?」
「束に聞いたんだ。お前、束にどれだけの薬をもらってるんだ?」
「栄養剤と脳の睡眠薬の2種類だけだよ。だから大丈夫」
「だから、の理由がわからん…… だが、あまり薬に頼り過ぎるな? いくら束の作ったものであってもな」
「うん。でもこれが無いと頭働き過ぎちゃってさ」
ピルケースから白いカプセルを一つ取り出し、枕元に常備している水で飲み込む。即溶性なのであと10分もすれば薬が効きだして私の脳は活動を最小限に抑えてくれる。
「コレもまた束から聞いた話だが、杏音。お前の頭はかなり特殊らしいな。だからそんなに……」
「違う。私は変じゃない、変じゃないの。そんなこと言わないでよ」
千冬の言葉に私は極端に反応してしまう。
今まで周囲に言われ続けてきた"異常"や"異質"という言葉。私を認めるでもなく、"異物"として排除する人たちが使っていた言葉。そんな言葉が続く気がした。
「人の話は最後まで聞け。束いわく、お前の脳は活性化するといろんな物質が普通の人の20倍近く出るらしい。あまり深く考えるな、頭をつかうなとは言わない。お前のその頭脳に私たちは救われている。それだけ地の能力が高いなら、普段は持っと頭を使わなくてもいいんじゃないか? お前が本気をだすのは偶にでいい。もっと適当に生きてもいいと思うぞ」
「普段はそうしてるよ。今回は暮桜、が……」
私の言葉は最後まで続かなかった。脳の強制終了だ。ただ、最後に千冬があまり見せない優しい声色で「ありがとう。がんばるな。杏音」そう言っていた。
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朝の6時半。薬の効果が切れるとともに起きると隣のベッドが空になっているのを見てからケトルでお湯を沸かし、安いコーヒーの粉を溶かすとそのまま一口。2年だか3年の春だったか頃から始めた私の日課だ。
そもそも千冬がコーヒーにハマったのがきっかけで、千冬はよく授業が終わった後の夕方に窓の外を見ながら少し甘めのコーヒーを飲んでいる。私は目覚めの一杯をブラックで。ただ、すごく苦酸っぱくて何が美味しいのかはわからない。雰囲気だ。
今日は生徒会長選挙の開票日。候補者は3人で、2年生から2人、1年から1人出た。
候補者3人はクラリッサ・ハルフォーフ、イーリス・コーリング、秋月香織の3人。3人共トップクラスの実力者であり、秋月さん以外は国家代表候補生でもある。噂では秋月さんは代表候補のオファーを蹴ったとかなんとか……
そんな学年のヒロイン3人が立候補した生徒会長選挙、それぞれ様々な方法で生徒たちの票を集めようとしていた。その結果が今日現れる。
カップを2/3ほど開けると洗面台で顔を洗い、歯を磨いてから制服をいつもに増してきっちりと着込むと生徒会室に向かった。
電子投票で行われた生徒会長選挙の開票なんていうのはあっという間にできてしまうので結果を見ながら私のスピーチを考える。
ふむ、結果は拮抗してるけど、彼女に決まったのね。確かに彼女ならば人々を統率する能力は十分。人柄も良いし人望もある。私は安心して任せられるだろう。
あらかじめ用意しておいたテンプレートを少し弄って彼女の就任に合わせたものに書き換えるとそれを生徒会のクラウドストレージにアップデート。
ホログラフィックディスプレイ投影機能の付いたネックレスをつけるとアリーナに向かった。
「おはようございます。本日は生徒会室選挙開票日です。20分後より結果発表と会長挨拶、新会長の就任演説を行います。クラスごとに整列して待機してください」
アリーナで千冬やナターシャ、ヒカルノと打ち合わせをするとゲートを開け、生徒たちが入ってきた。まだ時間はあるが千冬が案内アナウンスを流して生徒の誘導を行なう。
アリーナのグラウンドに整列した生徒たちとは別に生徒会長候補の3人は私たちと共にいる。
私の腕時計がアラームの味気ない音を響かせると私と候補3人はグラウンドに置いた壇上に上がった。
「みなさんおはようございます。本日は次の生徒会長が決まる大事な日です。私に打ち勝って生徒会長の座を奪い取る方が現れなかったのは残念ですが、ここにいる3人の誰が生徒会長になってもまた、任期を満了してくれるだろうと信じています。それでは、織斑副会長から結果の発表です」
アリーナに据え付けられた大型のスクリーンに候補者3人の名前と顔写真がか並んだ。
「IS学園2代目生徒会長は…」
裏でマイクを使う千冬のいやらしい間の取り方にアリーナ内の生徒たちも息を呑む。
かくいう私も壇上で思わずゴクリとつばを飲んだ。別に選ばれるのは私じゃないけど。
「1年1組、クラリッサ・ハルフォーフ」
その瞬間、耳をふさぎたくなるような歓声が沸いた。アリーナのスクリーンには各候補者の得票数が表示されていて
Clarissa Harfouch 33.9%
Iris Calling 32.7%
Kaori Akizuki 33.4%
とまぁ、非常に僅差になった。それでも決まりは決まり、ハルフォーフさんに生徒会長は決定だ。
「接戦となりましたが、IS学園2代目生徒会長はクラリッサ・ハルフォーフさんに決まりました。おめでとうございます。敗れた2人も非常に悔しいとは思いますが、学則に則って彼女を打ち倒せば生徒会長ですから、まだチャンスは残っていますよ。ハルフォーフさんは真面目な性格と伺っています。今回の選挙でも地味ながら確実な手段で見事に得票数トップを勝ち取ったようですね。生徒会に求められる確実さ、堅実さ、それらを兼ね備えた人物だと私も思っています。きっと彼女の選ぶ生徒会メンバーもきちんと職務を果たしてくれるでしょう。すぐ後から引き継ぎや様々な仕事がいきなり待ち構えていますが、今の気持ちと、これからの意気込みを聞いてみたいと思います」
3分で考えたテキトーな内容をスラスラ読み上げてあとは丸投げ。会長なんて簡単な仕事さ、判子押してサインするだけだからね。やばそうな書類はシュレッダーだけど。それだけさ
なんて表と裏で全く違うことを考えながらまた座るとハルフォーフさんが前に出て、卓の前に立った。
「今回、生徒会長に就任したクラリッサ・ハルフォーフだ。これから君たち生徒の長として職務を全うすることをここに約束しよう。私は今まで何度となく上坂先輩に挑み、敗れてきた。その絶対的な高みを超えることはできないかもしれない。だが、彼女の後任なのに、と呆れられることのないような成果を残し、先輩のように任期の最後まで務め上げて選挙をまた行いたいと思っている。文句があるならば掛かって来い。いつでもお相手しよう」
さすが、現役軍人は凄みがちがうね。最初はフレンドリーな感じでいかにも"生徒会長"って感じなのに最後の一言はマジだったよ。私でも鳥肌立ったもん。その証拠に話し終えた彼女が席に戻っても拍手は起らず、しばらくしてからまばらな拍手が全体に広がった感じだ。
それに応じる彼女にさっきの凄みは無く、笑顔でそれに応じていた。ちなみに、原作では黒ウサギ隊の全員に
実際、彼女にもソッチのファンがいるらしく、時折お姉さまと呼ばれているのを見かける。流石に千冬ほどじゃないけど。
なにはともあれ、無事に生徒会長も決まり、来週にはハルフォーフさんが生徒会メンバーを選出する予定なのでそこから引き継ぎやらなにやらで年内いっぱいは私も生徒会室に通い詰めになりそうだ。
すると残すは卒業制作のみ。まぁ、自衛隊の方の仕事もあるけど、あんなの暮桜が完成した時点でもう通常整備だけだからモーマンタイ。ふんふん、と機嫌よく教室に向かう途中でやつからとても魅力的提案を受けるまでは。
「あーちゃん、あーちゃん! IS作って!」