暗部の一夏君   作:猫林13世

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モップさんが役に立った!?


過去との遭遇

 辞退は許さないという織斑姉妹に押され、一夏は代表選考戦に参加する事になってしまった。いくら専用機を持っているからといって、一夏は基本的には争いごとを嫌う性格だ。黒い事は考えてもあまり実効に移すタイプでは無いのだ。

 

「元気出してください、一夏さん」

 

「そうは言ってもな……マドカと本音と美紀と戦わなきゃいけないんだぞ。これが元気になれると思うか?」

 

「オルコットさんは良いんですか?」

 

「ん? ……あぁ、あの人ね。別にどっちでも良いよ、あの人は。それよりもやっぱり三人だろ」

 

 

 一夏はこの三人の他にも、碧、刀奈、虚という実力者たちとバーチャルではあるが戦った事があるのだ。今更他国の候補生相手に恐怖するような心情は持ち合わせていなかった。

 

「勝てないにしても、惨敗はしないと思うから」

 

「そこは勝ちましょうよ! 一夏さんを侮辱した罪は、私たちが罰しますが、一夏さん自身でも力を見せてくださいね」

 

「そうはいってもな、美紀……仮にも代表候補生なんだぞ、相手は。整備が専門の俺が勝てるわけ無いだろ」

 

 

 部屋でセシリアのデータを引っ張り出しながらぼやく一夏に、美紀はその横に腰を下ろす。

 

「一夏さんなら勝てますよ。闇鴉の特性を生かして動きまわり、隙を見て攻撃すれば」

 

「そんな戦い方で勝っても、あの人は納得しないだろうさ……かといって真っ向勝負で勝てるなんて自惚れは無いからな」

 

「困りましたね……」

 

 

 美紀が結構本気で困っていると、一夏も理解はしている。だが自分で言ったように、真っ向勝負で勝てる相手では無いのだ。

 一夏と美紀が悩んでいるところに、部屋のドアがノックされた。この部屋が一夏と美紀の部屋である事は知られているし、来客があってもおかしい事は無いのだが、二人は何となく嫌な予感がしていた。

 

「美紀、対応を頼めるか?」

 

「お任せください。一夏さんの護衛は私の任務ですから」

 

 

 美紀に来客の確認を任せ、一夏は息を顰める。二人の予想通りなら、来客は招かれざる客だからだ。

 

『貴様にはようは無い! 一夏を出せ!』

 

『ですから用件はなんですか! それが分からなければ一夏さんに会わせる事は出来ません!』

 

『貴様には関係ない! 私は一夏の幼馴染だ!』

 

「やはりか……」

 

 

 死角に移動して二人の会話を聞いていた一夏は、昔の記憶通りの相手にため息を漏らした。

 

『何事だ、騒々しい』

 

『あっ、織斑先生。篠ノ之さんがいきなり部屋に入れろと押しかけてきました』

 

『私は一夏に用があるだけです、千夏さん。なのにこの女が邪魔をするから……』

 

『ここでは織斑先生、もしくは千夏先生と呼べ! そして貴様が一夏に会う事は授業以外では認めん。これは決定事項だ』

 

『な、何故ですか!?』

 

 

 織斑千夏が現れた事により、一夏はとりあえずの身の安全を確保したと理解し、三人の視界内に移動する事にした。あれだけの大声なので、盗み聞きしていたとは思われないと確信もして。

 

「騒々しいですよ。他の人たちにも迷惑がかかります」

 

「一夏! 貴様、何故私を無視した!」

 

「別に無視なんてしてませんよ。そもそも話しかけられてすら無いんですから」

 

 

 あえてよそよそしい態度で話す一夏に、箒は千夏の前だという事を忘れて一夏に掴みかかろうとする。もちろん、そんな暴挙を千夏が見逃すはずも無く、一瞬で箒は床に崩れ去った。

 

「うわぁ……」

 

「織斑先生、さすがにやり過ぎでは?」

 

「コイツに関しては、やり過ぎなど無い。昔からそうだろ、一夏?」

 

「学校では更識とお呼びください。まぁ、篠ノ之さんの処理はお任せします」

 

 

 扉を閉め、二人の気配が遠ざかったのを確認してから、一夏は自分の身体を抱きしめるようにして震えだす。過去のトラウマは克服できておらず、特に篠ノ之箒に対するトラウマは一夏の心の奥に深い傷を負わせていたのだった。

 

「一夏さん、大丈夫ですか!」

 

「う、うん……大丈夫だよ……」

 

「あぁ、幼児退行を起こしてしまってる……」

 

 

 言葉遣いが子供の頃に戻っているのを受けて、美紀は一夏が正常な状態では無い事を一瞬で理解する。いくら気丈に振る舞っていても、見ず知らずの大人に会う時の一夏は何処か緊張している風だったのは美紀も知っている。それでも、ここまで深い傷を負っているとはさすがに思っていなかったのだがこの有様、美紀は自分の考えの浅さに苛立ちを覚えた。

 

「(一夏さんが気にしないでと言ったのを、何で疑わなかったのよ……トラウマなんてそう簡単に克服出来るわけじゃ無いのに)」

 

 

 ついにしゃがみこんでしまい激しく震える一夏を見て、美紀はどうすればいいのかを考える。幸いな事にこの事はまだ他の人には知られていないし、今ならまだ間に合うかもしれない。

 

「大丈夫だよ、私がついてるから」

 

 

 しゃがみこんだ一夏を優しく抱きしめる美紀。普段なら恥ずかしくて出来ない行動だろうが、今はそんな事を気にしてる場合では無い。

 

「ほんと……美紀ちゃんが守ってくれるの?」

 

「私だけじゃ無いよ。刀奈お姉ちゃんも虚さんも、簪ちゃんも本音ちゃんも、マドカちゃんだって一夏さんの事を守ってくれる。だから一夏さんは一人で怖がる事は無いんですよ」

 

「うん……ありがとう」

 

 

 少し落ち着きを取り戻したのか、一夏の身体が震える事は無くなっていた。ただまだ若干の幼児退行は残っており、一夏は縋るように美紀を見つめている。

 

「今日はこのまま大人しくしてましょう。オルコットさんの対策は明日でも出来ますし」

 

「そうだね……今日はこのままで……」

 

 

 縋るように、助けを求めるように美紀にしがみつく一夏の背中を、美紀は優しく撫でるのであった。




タグの「一夏は皆の弟」の回収、モップさんに対するトラウマなんですよね……

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