暗部の一夏君   作:猫林13世

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さぁ、恐怖をその身で味わうがよい


代表選出

 昼休みになり、一夏たちは食堂で簪と合流してお昼ご飯を食べる事にした。場所取りは本音と美紀が担当し、残る一夏、簪、マドカの三人で食券を購入し定食を運ぶ事にしたのだ。

 

「それで、四組の担任は五月七日さんだったのか?」

 

「うん。実力もあるし、落ち着いた人だからね」

 

「山田先生よりは担任が務まるのかもしれませんね」

 

「マドカ……あんまり人の事を悪く言うのは感心しないぞ」

 

「ゴメンなさい、兄さま」

 

 

 片手でお盆を持ちながらの会話でも、簪とマドカの軸はぶれる事は無く、危なげなく二つのお盆をテーブルまで運びきった。

 

「さすがに鍛えてるな……俺には出来ない芸当だ」

 

「いっちーだって鍛えれば出来るんじゃない?」

 

「本音ちゃん、まずは自分が出来るようになってから一夏さんに言いなよ……」

 

 

 場所取りの為に残っていた本音と美紀も会話に加わり、その一角は結構盛り上がりを見せていた。

 

「まさか担任が姉さまたちだったとは……少しややこしいかもしれませんね」

 

「どういう事?」

 

「『織斑先生』ではどちらを呼んだのかが分からないですし、私も『織斑』ですからね。もしかしたら私を呼んだのに姉さまたちに勘違いされる可能性もありそうだな、と」

 

「あの二人を呼び捨てに出来る猛者がいるとは思えないけどな……一夏はどう思う?」

 

 

 マドカと簪の会話を聞いていた一夏は、不意に簪に問われて少し考えている風を装い、そして簡潔に答えた。

 

「おそらくだが『千冬先生』と『千夏先生』に落ち着くだろうし、マドカは『織斑さん』と呼ばれると思うぞ? 男子じゃないんだから、呼び捨ては無いだろうし」

 

「まぁマドマドはマドマドだし、ちー先生となー先生は……」

 

「本音ちゃん、先生たちは普通に呼んだ方がいいと思うよ」

 

「そうかな? じゃあ千冬先生と千夏先生は苗字で呼ぶのは避けると思うしね」

 

「その考えを纏める速さ、何故他に行かせないんだよ」

 

「仕方ないよ一夏……本音だもん」

 

 

 簪のフォローになって無い言葉に、一夏は妙な納得感を得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業に入り、ふと思い出したように真耶が生徒全員に話しかけた。

 

「今の内にクラス代表を決めたいと思います」

 

「せんせー! クラス代表って何ですか?」

 

「それはわたしが説明してやろう」

 

 

 クラスメイトの一人が真耶相手に気軽に聞いた質問に答えると言ったのは、早くも一組の中で恐怖の象徴とされている姉妹の内の一人、織斑千夏だった。

 

「クラス代表とは、読んで字の如くクラスの代表だ。普段はクラス間の集まりや連絡事項をクラス全員に伝える役割だが、クラス対抗戦などの試合に参加してもらう事もあるので、ある程度の実力を兼ね備えたヤツが就く役職だ。一年間変更は認められないので、興味本位で選出するのは控えろ。それを踏まえて、誰かいないか? 自薦だろうが他薦だろうが一向に構わん」

 

 

 千夏の説明が終わると、クラス中から推薦の声が上がる。

 

「やっぱり四月一日さんじゃない? 代表候補生で更識所属だし」

 

「じゃあ織斑さんでも良いんじゃない? 千冬先生と千夏先生の妹さんだし、やっぱり更識所属だし」

 

「布仏さんも更識所属だし、お姉さんは企業代表を務めるほど優秀なんでしょ? 入学試験でもしっかりしてたし」

 

「私は更識君が良いかなー。せっかく男子がいるんだし、強くないって謙遜なんでしょ?」

 

「いや、俺は……」

 

「納得いきませんわ!」

 

 

 一夏が何かを話そうとしたのをぶった切るように、一人の少女が立ちあがる。クラス中の視線を一斉に浴びながらも、その少女は怯む事無く一夏に歩み寄って来た。

 

「何故この私より先にこのような男が選出されるのですか! 入学試験で教官を倒し、新入生主席を務めたこのセシリア=オルコットではなく、このような極東の猿を推薦ならすのですか!」

 

「……貴女が主席だったのは、更識所属の我々が辞退したからです。そして別に自薦でも構わないと織斑千夏先生は仰られたのですから、不満ならご自身で立候補すれば良かったのではないでしょうか? それと……あの二人の処理はご自身でお願いしますね」

 

「あの二人?」

 

 

 一夏が指差す方向に視線を向けたセシリアは――この世のものとは思えない鬼のような姉妹を見て腰を抜かしてしまった。

 

「貴様、一夏を『極東の猿』と言ったな」

 

「それはつまり、我々に戦争を申し込んだという事で良いんだな?」

 

「な、何故そのような解釈になるのでしょうか……私はただ、あの男に対して……」

 

「「一夏は私(わたし)の可愛い弟だ。その弟を侮辱されて黙っていると思うか?」」

 

「織斑先生、少し落ち着かれてください。確かに一夏さんを侮辱したオルコットさんは八つ裂きにしてやりたいですけど、ここは模擬戦をして決着させては如何でしょう。そうすれば、オルコットさんが井の中の蛙である事を思い知るでしょうし」

 

 

 一夏は傍観を貫いたが、碧が織斑姉妹の制止に入る。ただし、セシリアを助ける為では無く傷害沙汰を避けるための処置であった。

 

「お前たちはそれで構わないか?」

 

「はい。私たちも一夏さんを侮辱されて我慢なりませんので」

 

「いっちーを侮辱するなんて、命知らずだよね~」

 

「兄さまの事を良く知らずに、あんな暴言許せません!」

 

「……それって俺も参加するんですか?」

 

「当然だ。お前も推薦されているんだからな」

 

「……俺、更識所属で一番弱いんですけど」

 

 

 一夏の言い分は黙殺され、クラス代表は模擬戦の結果で選出される事に決まった。日時は一週間後で、それまでは一切の争いごとを禁止し、この場は収まったのだった。

 

「えっと……授業を再開します」

 

 

 このクラスの補佐を務める山田真耶教諭の声が、教室に虚しく響き渡ったのだった……




次回、モップさんが活躍!?

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