全員の自己紹介が終わったタイミングで、教室の扉がゆっくりと開かれた。開かれた先に立っていたのは三人の女性で、一夏には見慣れた存在だった。
「山田先生、すみません代わりを押し付けてしまって」
「いえ、先生たちは色々と忙しいでしょうし、これも補佐としての仕事です」
山田真耶教諭に代わり教壇に立つ一人の女性、後の二人は入り口横で腕を組んで立っている。
「皆さん、このクラスの副担任を務めます、小鳥遊碧です。そしてあちらにいらっしゃる二人が、このクラスの担任である織斑千冬、千夏先生です」
『一夏さん、耳を塞ぐのを推奨します』
碧の挨拶が終わり、闇鴉に言われるがまま耳を塞いだ一夏。闇鴉が耳を塞ぐよう言った理由はすぐに分かった。
「「「「きゃー!!!」」」」
「本物よ! 本物の織斑姉妹よ!」
「しかも小鳥遊様もこのクラスの担当なんて!」
「夢みたいです! 先生たちに指導してほしくて、私北九州からIS学園を受験したんです!」
世間一般から見れば、織斑姉妹も碧もIS界のカリスマ的存在だ。だからこの反応も仕方ないのかもしれないが、この騒動を織斑姉妹が黙って見てるなどあり得ない事だった。
「静かにしろ!」
「今後このように騒がしくなるのなら、わたしたちで相応の処罰を取り行うのでそのつもりで」
「……えっと、話の続きをしても良いでしょうかね?」
織斑姉妹の威圧感で静まり返った生徒たちに、碧が呆れながら問いかける。その問いかけに答えられる生徒は一人しかいなかった。
「どうぞ。熱狂も収まったようですし、織斑姉妹の怒気もとりあえず静まりましたから」
「そうね……えっと、何故このクラスだけ担任が二人、そして補佐などと言う役割がいるのかと言うと、まぁ今ので分かってもらえたかもしれないわね。織斑姉妹を怒らせると大変な事になるし、その二人を止められる教師は、不本意ながら私だけなの。だから三人が抜けた場合代わりに授業をする人が必要になるから、このクラスには補佐として真耶に付いてもらったの」
「基本的に私は、皆さんからの質問に答えたりするのが仕事ですので、何かありましたら相談してくださいね」
笑顔でそう宣言した真耶だったが、生徒のほぼ全員の視線は真耶に向いていなかった。
「それではHRはこれで終わりです。休憩をはさんで早速授業に入りますので、トイレなどは早めに行っておいてください。それから、更識君はちょっと一緒に来て欲しいかな」
「分かりました」
碧、千冬、千夏と共に一夏は教室から廊下へと向かった。背後から鋭い視線を向けられている事には、気づかないフリをしたのだった。
「それで、いったい何の用です?」
「一夏、あのバカ箒には気を付けろ」
「あのバカは何を仕出かすか分からん。もし何かあったらお姉ちゃんたちに言うんだぞ」
「……それだけですか?」
「えっとね……一夏君の部屋なんだけど、一人部屋を用意出来なかったの。だから悪いんだけど美紀ちゃんと同じ部屋でも良いかな?」
碧の言葉に暫く考え込んだ一夏は、何個か浮かび上がった疑問点を碧に訊ねる事にした。
「用意出来なかったという事は、いずれは用意出来るという事ですか?」
「調整はしてみるけど、ちょっと難しいかもしれないわね」
「では、何故美紀なのです? 俺の護衛は簪や本音でも良かったのでは」
「それなんだけど、簪ちゃんはクラスが違うでしょ? そして本音ちゃんは一夏君の護衛の前に簪ちゃんのメイドさんだから」
「では最後に、マドカは誰と同部屋なんですか?」
この質問に、碧は即答する事が出来なかった。別に答えを知らない訳では無く、答え難い質問だったのだ。
「……マドカちゃんのルームメイトは篠ノ之箒さんよ」
「この事は織斑姉妹も納得してるんですか?」
一夏は視線を碧から千冬と千夏に移し質問を続けた。一夏に視線を向けられた事が嬉しかったのか、織斑姉妹はさっきまでの難しい顔から一変してだらしない顔をしていた。
「……織斑先生? 質問に答えてください」
「あ、あぁ……バカ箒が何か仕出かしたら、このセンサーで私たちと束に情報が行くようになっている」
「そしてその情報を受け取ったら、わたしたちと束で然るべき制裁を加えるつもりだ」
「一応忠告しておきますが、傷害沙汰は避けてくださいよ? この学園には色々と探られたくないものもあるんですから」
「安心しろ」
胸を張る織斑姉妹に、一夏はホッと胸を撫で下ろしかけたのだが――
「「外部にバレる事無く処理するから!」」
「だから傷害事件は起こすなと言ってるんだ!」
――撫で下ろす事無くそのまま織斑姉妹を怒鳴りつけた。
そんな姉弟のやり取りを真横で見ていた碧は、まだ話していない事を一夏に話す事にした。何時までも待っていても話すタイミングはやって来ないと判断して、多少強引にでも話題転換を試みたのだ。
「一夏君が入学した事に伴い、更識製造の架空トレーニングシステム、通称VTSの調整は一夏君にお任せする事になりました。簪ちゃんにも手伝ってもらえるように話は通しておきます」
「まぁシステムの書き換えくらいなら問題無いでしょうし、下手に弄られてダメにされるのは避けられますね」
「専用機のデータを積み込んでも使えるように改良してもらえるかな? もちろん、個人パスワードを設定する事もお願いしたいんだけど」
「それくらいなら構いませんよ。更識所属以外にも、専用機持ちがいるようですしね」
一夏は教室で感じた敵意剥き出しの視線を思い出して、深いため息を吐いたのだった。突き刺さるような視線は二本。一本は篠ノ之箒のものであり、もう一本はその専用機持ちのものだと一夏には分かっていたのだった。
箒と同室にしたら一日でIS学園が無くなりそうでしたので……