暗部の一夏君   作:猫林13世

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マドカの話は一休みです


鈴の転校

 重要書類に目を通し、どう処理するかを決めたタイミングで、一夏の携帯が鳴った。普段は鳴らない着信音に、一夏は首を傾げた。

 

「珍しい事もあるものだ」

 

 

 かかって来た電話にそう感慨深い言葉を漏らし、一夏は通信を開始したのだった。

 

「何かあったのか? 最近電話が無かったから忘れてるのかと思ってたぞ」

 

『悪かったわね。あたしたちはアンタと違って優秀じゃないからね。試験とか色々大変だったのよ』

 

「それで? 近況報告をしたいわけではあるまい」

 

『前置きの無駄話にくらい付き合いなさいよ』

 

「生憎、そこまで時間があるわけじゃないんだ」

 

 一夏の立場をある程度知っている鈴は、小さくため息を吐いて本題に入る事にした。

 

『あたしね、中国に帰る事になったの』

 

「……随分といきなりだな。何かあったのか?」

 

『ISの適性が高い事が分かってね。候補生にならないかって打診が来たのよ』

 

「なるほど。それはおめでとう、で良いのか?」

 

『どうだろう。あんたと離れ離れになるのはちょっと寂しいけど、国の威信を背負えるかもと思うと興奮するわね』

 

 

 一夏は鈴の気持ちを何となくではあるが知っていた。本人が何も言わないのでスルーしていたし、鈴自身も伝える事は無いだろうと思っていた事だった。

 

「弾と数馬は良いのかよ」

 

『別にあいつらはどうでも。一夏、もし代表になれたらあたしと付き合ってくれる?』

 

「……悪いが、俺は鈴の事を友達としか思えない。鈴のように特別だと思う事は出来ないよ」

 

『……分かってたけどキツイわね、振られるのって。うん、何時か絶対後悔させてやるくらいの美人になってやるから、覚悟しなさいよね一夏!』

 

「ああ、後悔させてみろ」

 

 

 強がりだとあからさまに分かる鈴の言葉に、一夏は冗談で返す。これは一夏からのメッセージだと理解した鈴は、涙声になりながらも感謝の言葉を述べて通信を切った。

 

「『ありがとう』……ね。俺は感謝されるべきだったのだろうか」

 

 

 通信の切れた電話を耳に当てながら、一夏はそう呟いたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴の帰国から時は一気に加速したのではないかと勘違いしそうなくらい、一夏のここ最近の感覚はズレていた。この前夏休みだったと思ったのに、今はもう受験シーズンになっているのだから、一夏でなくてもそう思ってしまうのは仕方ないだろう。

 

「うー緊張するなー」

 

「まだ二週間あるんですから、今から緊張してどうするんですか……」

 

「でも! IS学園の入試は、何処の高校よりも難しいってもっぱらの噂だし……」

 

「国家代表の刀奈さんが落ちるって、どんな猛者たちが集うんですか、そこは……」

 

 

 ISの勉強――だけでは無く一般教科の勉強をしながら、刀奈は一夏に励まされていた。ここ一ヶ月ほど一夏に勉強を教えてもらっているので、下手を打たなければ合格は確実だと言えるくらいの自信は付いている。だが、どうしても緊張はしてしまうのだった。

 

『一夏さんの言うように、刀奈は国家代表なんですから、筆記がダメでも実技で確実に合格出来ますよ』

 

「でも、今年は織斑姉妹が実技試験担当じゃないかって虚ちゃんと碧さんが……」

 

「あれは刀奈さんを緊張させて楽しんでるだけですよ。だいたい、織斑姉妹が担当したら、全員不合格になってしまいますし」

 

『そうですよ。あの二人が担当したら、自分の気にいらない相手は不合格にするでしょうし、織斑姉妹と戦った事で自信喪失する受験生が続出ですよ』

 

「……そうよね! 実技試験は織斑姉妹が担当する訳ないわよね!」

 

 

 一夏と蛟に励まされ、刀奈は無理矢理テンションを上げる。気休めだと分かるからこそ、無理してでも明るく振る舞おうと思ったのだろう。

 

「まぁ順当に行けば、今年も山田真耶さんと五月七日紫陽花さんが実技担当でしょうね」

 

『去年は碧さんがモニター室でボヤいてたと聞いてますが、今年も碧さんは監視役なのでしょうか?』

 

「どうだろうな。碧さんが相手でも、自信を失う人は大勢出てくるだろうし、碧さんもそこは弁えてるんじゃないか?」

 

「碧さんが相手でも、私は勝てる自信が無いわね……そう考えるとどれだけ化け物がいるのよ、IS学園って」

 

 

 刀奈の言葉に、一夏と蛟が同時に苦笑いをした――ように刀奈には感じ取れた。

 

「なに?」

 

「いえ、現日本代表にここ迄言わせるんですから、先代はどれだけ強かったんだろうと思いまして」

 

『そもそも貴女も十分化け物扱いされてもおかしくない戦績なんですよ? その事、理解してます?』

 

「虚さんも世間から見れば十分実力者――刀奈さんが言うところの化け物に当たるんじゃないですかね?」

 

「ちょっと! 私はあの人たちのように化け物じみた戦績では無いはずよ!」

 

 

 碧もそうだが、刀奈も上が凄過ぎて自分の事を凄いと認められない領域に踏み込んでいた。その事を理解している一夏と蛟は、再びため息を吐いた。

 

「上を見過ぎて自分の強さを理解していない、か……」

 

『重傷ですね、これは……』

 

「な、なによ……私より碧さんや織斑姉妹が強い事は事実でしょ」

 

「確かに事実ですが、貴女も世界から見れば十分『強い人』です」

 

『あんまり上を見過ぎると、下の事を忘れてしまいます。少しは自分の立ち位置を自覚する時間があっても良いんじゃないでしょうかね』

 

 

 奇しくもそれは、一年前碧が木霊に言われた事と似ているのだが、刀奈にそんな事を知る術は無かった。だから刀奈は一夏と蛟の言葉を受けて、自分の立ち位置――客観的に見れば自分はどのような存在なのかを知る事にした。

 そしてIS学園入学試験当日、刀奈は過度の緊張はせず、普段通りの雰囲気を身に纏っていたのだった。




100話までに届くか微妙になってきてしまった……

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