暗部の一夏君   作:猫林13世

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恐ろしいのは間違いない……


新たなる恐怖

 ドイツでの指導も残すところ一ヶ月を切り、織斑姉妹は帰国の準備を始めていた。何故一ヶ月も前からかと言うと、彼女たちがそう言った作業が苦手だからである。

 

「千夏、これは何だ?」

 

「それは千冬が捨てたシャツでしょ。何でまだ持っているんだ」

 

「私のか、これ? お前のじゃないのか?」

 

「そんな事は……」

 

 

 このように、部屋の片づけもまともにしていなかったのだから、一ヶ月も前から準備していても終わるかどうか怪しいのだ。もしかした一ヶ月前でも遅すぎるのかもしれない、とドイツ政府の人間は感じていた。

 

「このままドイツに残って指導してくれませんか? 貴女たちなら国賓級の対応をさせていただくが」

 

「「断る! ドイツには一夏がいないからな」」

 

「し、しかし! 日本には小鳥遊碧や他の元候補生など優秀な人材が次世代のIS操縦者を育てています。その優秀な人材が育てたIS乗りに対抗できる人材を貴女たちに育てていただきたいのですが」

 

「「そんなものに興味は無い! 一夏がいるから日本に帰るのだ!」」

 

 

 ドイツ政府の人間がどれだけ交渉しようが、どれだけ最高の条件を用意しようが、織斑姉妹は首を横に振り続ける。その理由は自分たちで言っているように、一夏がドイツにいないからだ。その事を聞いた黒兎部隊の少女たちは、実際にあった事の無い一夏に嫉妬を抱き、その嫉妬が殺意に代わりそうなところまで積み上がっていた。

 

「織斑教官からそこまで想われるなど……」

 

「『一夏』……この間中継があった更識一夏の事ですよね……」

 

「おそらくはな……ヤツの事を聞こうとして私は教官たちに殴り飛ばされ、その後の記憶が無い」

 

「もし会う事が叶えば、その時が一夏の最後だ……」

 

「「ほぅ、貴様ら一夏に何をするつもりなのだ?」」

 

 

 一人の少女が呟いた途端、背後に気配が生まれた。黒兎部隊の少女たちは、この後起こった事を生涯口にする事は無かったという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学を卒業しIS学園入学までの間、虚は更識の仕事を手伝っていた。当主の楯無は分刻みのスケジュールで各地を飛び回り、書類の類は『本当の』楯無である一夏が処理をしている。しかしその一夏も学生である以上この時間には屋敷にはいない。その代理として虚が書類整理を行っているのだった。

 

『貴女、まだ一夏さんに告白しないんですか?』

 

 

 そんな作業中に丙がそんな事を言いだした。

 丙の声は虚にしか聞こえないため、何故虚がいきなり取り乱したのかと周りの大人たちは疑問に思ったが、すぐに虚が取り繕ったために追及してくる大人はいなかった。

 

「(いきなり何を言い出すんですか!)」

 

『いきなりではないでしょ。貴女が一夏さんの事を想ってるのは大分前から、先代の楯無様が存命の頃からです。何時までも秘めているのは辛くないのかと思っただけですよ』

 

「(秘めているのは私だけじゃありません! お嬢様や簪お嬢様、美紀さんや碧さんも一夏さんの事を少なからず想っていますよ)」

 

『何故そこで本音さんの名前を出さないのか、あえて追及はしませんが……他の人に遠慮してるのなら無駄だと思いますけど。刀奈さんはあからさまに好意を見せていますし、簪さんや美紀さんも控えめとはいえ一夏さんに好意を見せています。本音さんはまぁ……おいておくとしても、貴女は明らかに出遅れているんですよ』

 

「(そんな事言われましても……一夏さんは恋愛やそう言った事に疎いですし、まだ中学生ですから結婚とかは早いですしね)」

 

 

 更識内のルールとして、当主は重婚を認められている。だから刀奈たちは競争するのではなく共存する事を選んだのだが、それでもその中で一位になりたいと多かれ少なかれ思っているのだ。虚はその欲が他の人より薄く、一夏の側にいられればそれで良いと思っているのだ。

 

『貴女は不器用ですね。まぁ家事の出来を見ればそれは分かってはいましたが……』

 

「(放っておいてください!)」

 

 

 卒業し、少しは手伝おうと家事を引き受けた虚だったが、その腕は壊滅的。侍女たちから「頼むから大人しくしておいてくれ」と懇願されるほどの酷さだったのだ。それもあり、虚は一夏の代わりに書類整理をしているのだが……

 

『イメージ的には本音さんが酷そうだと思っていたんですが、まさか虚の方だったとは』

 

「(家事だけはどうしても上達しないんですよ……)」

 

 

 勉学、IS操縦、そして事務作業。虚は何でもそつなくこなしているが、家事だけはどうしても上達しなかったのだった。その事だけは、本音が虚に勝っているので自慢しているのだった。

 

『一夏さんに教わったらどうです? 彼は織斑家で生活していた頃から家事をしていたはずですし、更識に来てからもちょくちょく手伝っていたはずですし』

 

「(ですが、これ以上一夏さんに教わるのは……お嬢様の勉強を見る約束もしてましたし)」

 

『だから、貴女は他の人に遠慮し過ぎです! 少しくらい我がままに振る舞っても良い年頃なんですから! 少しは一夏さんに甘えなさい』

 

「(わ、分かりました……)」

 

 

 丙の勢いに押され、虚はついつい頷いてしまった。そしてその日の夜……

 

「家事を教えて欲しい、ですか?」

 

「え、ええ。一夏さんの時間がある時で構いませんので」

 

「別にそれくらいなら構いませんが、何故家事を? 更識ではそれを仕事にしてる人がいますし、IS学園では掃除は業者が、食事は食堂があったと思いますが」

 

「一応出来た方が良いかな、と思いまして……それに、洗濯は自分でしなきゃいけませんし……」

 

「なるほど。では時間がある時に」

 

「はい、お願いします」

 

 

 こうして虚は、一夏に家事を教わるのだが、その上達スピードは、お世辞にも早いとは言えないものだった。




黒兎部隊は、永遠になった……生きてますけどね

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