虚と真耶の模擬戦は引き分けに終わったが、それ以降の受験生は悉く試験官を務める真耶と紫陽花にSEをゼロにされていた。それはつまり、虚が受験生の中でずば抜けている事を証明しているのであった。
「ほらやっぱり。虚ちゃんの相手は私がした方が良かったんじゃない?」
『ですから、貴女相手だと虚さんが自身を喪失してしまいますって! そもそもこれは受験であって試験じゃないんですから。勝つ事では無く動きが重視されるんです!』
「でも、虚ちゃんだって不完全燃焼だと思うけど?」
『ここで完全燃焼しても仕方ないでしょうが! 良いですか、虚さんはこれからISについて学び始めるのです。ここで完全燃焼されて、入学後に苦労するのは貴女なんですよ? 理解してます?』
「そうだったわね。私、教師だった」
『まったく、碧は……来年からは織斑姉妹もここで教鞭を振うんですよ? その事を忘れて無いでしょうね?』
「あっ……」
来年からIS学園には織斑姉妹がやってくる。その事も受験生が多い事と関係している事を碧は失念していた。もちろん、彼女たちが来れば自分は少し楽が出来るとは思っているのだが、それ以上に苦労する事になるなんて碧は粒ほども考えていなかったのだ。
『はぁ……織斑姉妹が暴走した場合、止められる可能性があるのは貴女だけなんですよ? もちろん暴走しなければ良いんですが、あの姉妹の事ですから何かしらの面倒は起こすでしょうね』
「私、IS学園の教師辞めようかな……」
『辞めてどうするんです? 更識に戻って一夏さんの護衛という名のニート生活でも満喫するんですか?』
「その言い方って酷くない!? 護衛って結構大変なんだからね!」
『知ってますよ。ですが今の一夏さんは、ある程度自分の身を守るだけの術を持ち合わせています。四六時中貴女が張りついていなくても問題は無いでしょう』
「……ほんと、木霊って毒舌よね」
『貴女が危機感を持っていればこれ程言いませんよ』
木霊に完全に打ちのめされた碧は、来年から同僚になる二人を思い浮かべ、深いため息を吐いたのだった。
受験から暫く日が経ち、更識家では虚の合格おめでとうパーティが催されていた。企画者はもちろん刀奈だ。
「それでは、虚ちゃんの主席合格を祝して――」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
「あ、ありがとうございます」
今日だけは一夏も刀奈の騒がしさに目を瞑り付きあう事を宣言している。行き過ぎない限り、刀奈の暴走は止められる事は無いのだ。虚もその事を受け容れ、素直にお祝いされる事にしたのだが、恥ずかしさはやはり残っているようだった。
「さすがおね~ちゃん、トップで合格なんて凄いね~」
「まぁ、何で本音ちゃんのお姉さんなのか時々不思議になるくらい、虚さんは優秀だからね」
「自慢のおね~ちゃんだもん!」
自分が貶された事に気づかず、本音は胸を張る。皮肉を言った美紀も、その本音の態度に苦笑いを浮かべた。
「相手は真耶さんだったんでしょ? 真耶さん相手に引き分けるなんて、虚ちゃんも世界に通用するんじゃない?」
「相手は訓練機ですから。いくら一夏さんが製造したからといって、私は丙を使っていたんです。その差を考えれば、引き分けじゃ満足出来ない結果だと思いますよ……手加減も当然されていたんですから」
「でも、お姉ちゃんの言う通り、虚さんなら世界でも通用すると思う。私や美紀よりは強いんだし」
実際にISを使った訓練でも、VTSでも、虚は簪と美紀に負けた事は無い。経験の差も多分にあるのだが、それ以上に戦略を立てるのが上手い虚に、簪も美紀も面白いように虚の攻撃を喰らってしまうのだ。
「上手く誘導されてる気がするんですよね、虚さんと戦ってると……」
「やっぱり刀奈お姉ちゃんと毎回僅差の戦いをする虚さんは凄いと実感するんだよね……」
「まぁまぁ、かんちゃんも美紀ちゃんも気にし過ぎだって~。私なんておね~ちゃんと戦っても全然ダメージ与えられないもん」
「本音、それは威張って言う事では無いぞ」
「ほえ?」
黙って話を聞いていた一夏が思わず本音にツッコミを入れた。しかし本音は、何故ツッコまれたのかが分からず首を傾げる。その仕草を見て、虚と一夏が同時にため息を吐いた。
「我が妹ながら、何故こんなにも皮肉が通じないように育ったのかが不思議です」
「素直に育った、と考えましょう」
「そうですね……」
「一夏君と虚ちゃん、何だか本音の親みたいよ?」
本音について語る姿がそんな風に見えたのか、刀奈はそんな事を二人に言った。その事で二人がもう一回ため息を吐いたのは想像に難くないだろう。
「でもそっか……来年は私が受験するわけだし、今から勉強しておこうかな?」
「お嬢様は文句なしで合格出来るでしょう。なんて言っても現役の国家代表なんですから」
「慢心したくないのよねー。一夏君、今度から勉強を見てくれないかな?」
「別にいいですけど、虚さんにも言いましたが、俺年下なんですけど」
「ISの知識なら一夏君に聞くのが一番でしょ? 世界中探しても、一夏君以上にISの事を正確に教えてくれる人はいないわよ」
「はぁ……ですが刀奈さん、滅多に屋敷に帰ってこれないんじゃ?」
国家代表として、刀奈はそれなりに多忙だ。今日だって無理を言って屋敷に戻って来たくらいだし、勉強を見ると言っても毎日付き合えるわけではないのだ。
「メールでも何でも、相談するからそれに答えてくれればいいわよ」
「まぁそれくらいなら……俺も仕事が無ければ、ですけどね」
「分かってるわよ、ご当主様」
その後、刀奈と本音がパーティに託けて暴走しかけたのを、一夏とこのパーティの主役である虚が抑え、さすがにやり過ぎだと説教するのだった。
普通に考えて、虚は合格だろう……