暗部の一夏君   作:猫林13世

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別に悪い事を企んでいるわけでは無いですよ


楯無の計画

 千冬と千夏が帰ったあと、一夏は刀奈と一緒に楯無に呼び出されていた。何故刀奈が一緒なのかというと、一夏一人では自分は恐れられてしまい話が出来ないという、楯無の配慮だ。

 

「お父さん、来たわよ」

 

「入りなさい」

 

 

 扉越しに娘に声を掛けられ、楯無は短く返事をして部屋に招き入れた。娘の背後には、少し怯えた表情の一夏が顔を覗かせていた。

 

「別に何かをするわけじゃないんだ。そんなに身構えなくても良い」

 

「本当?」

 

「ああ、本当だ。私は君の意見を聞きたくてね」

 

 

 娘の背後から顔を覗かせる男の子に、楯無は苦笑いを浮かべながら丁寧な口調で話しかける。

 

「それでお父さん、一夏君にお話しって何なの?」

 

「さっきまで君のお姉さんたちが来ていたのは知っているね?」

 

 

 記憶が無く、二人の姉の事を覚えていないのは楯無も知っている。だがあの二人の事だから、一夏に顔を見せて自分たちが姉だと宣言しただろう事も楯無はお見通しだったのだ。

 

「えっと……さっきの二人が僕のお姉ちゃんなら、確かに会ったよ」

 

「そうか……じゃあ君は、ここで生活するのと、さっきのお姉さん二人と一緒に暮らすのと、どっちが良いかな」

 

 

 楯無としては、当分の間一夏を織斑家に帰すつもりは無い。だが一夏本人がここでの生活ではなく織斑家での暮らしを選べば、一夏の意思を尊重するつもりでもあったのだ。

 

「僕はここがいい。刀奈ちゃんや簪ちゃん、虚ちゃんや本音ちゃんや美紀ちゃんと一緒が良い」

 

「そうか……じゃあ暫くはここで生活するがいい。学校には小鳥遊と別の人間を送り迎えにつけるから心配する事はないぞ」

 

「でもお父さん、碧さんは方向音痴じゃ……」

 

「だからもう数人つけると言っただろ。それが無ければ小鳥遊は優秀なんだがな」

 

 

 楯無は娘からの質問に苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「政府の連中は一夏君を別の人間として扱う方が護り易いとは言ってきているが、それは『織斑一夏』という個人を否定し、世間から隔離する事と同じだからな」

 

「それで、一夏君は何時から学校に行けるようになるの?」

 

「そうだな……今週は屋敷でゆっくりしてもらって、来週から学校に復帰する形でどうだろうか? 一夏君はそれで構わないか?」

 

「うん……でも僕、学校が何処なのか、どんな友達がいたのかも分からないよ?」

 

「大丈夫だ。学校には事情を話してあるし、君に危害を加えようとする輩は隔離するように『お願い』してあるから」

 

「そうなの? ありがとう、小父さん」

 

 

 一夏の無邪気な笑みを見て、楯無は急に父親のような顔になる。元々息子の欲しかった楯無は、一夏の事を少なからず息子のように見ている節があるのだ。

 

「じゃあみんなと遊んでおいで。私はまだ仕事が残ってるから」

 

「分かった。でもお父さん、一夏君の学校って私たちと違うよね? 何で転校させなかったの?」

 

「何時記憶が戻って、何時織斑家に戻るか分からないんだ。ここからの距離よりは織斑家からの距離を優先するべきだと判断したんだ。子供がそんな事を気にする必要は無いだろ」

 

「また子供って言う! 私だって考える事くらい出来るんだから!」

 

「はいはい。刀奈も一夏君と一緒に遊んであげてくれ。どうやらお前たちには心を開いているようだからな」

 

「そんな事、お父さんに言われなくても分かってるわよ」

 

 

 反抗期、では無いにしても、この年頃の娘は扱いが難しい。楯無はそんな事を考えながら書類に目を通す。重要人物保護プログラムの説明が書かれた書類をクズ籠に入れ、ため息を一つ吐いた。

 

「織斑一夏君は私の娘たちと仲が良い。その彼を、『彼では無い誰か』にしてしまうのは彼にとっても、娘たちにとってもマイナスでしかないからな」

 

 

 再び攫われるかもしれない可能性がある事は、楯無も十分理解している。だが折角娘たちと仲良くなってきている彼を、政府や大人の都合で離ればなれにして遠ざけるのは、一人の父親として認められないのだ。

 

「誰か、小鳥遊を連れてこい」

 

 

 楯無の言葉に、側を通っていた侍女が反応して、すぐに碧をこの部屋に連れてきた。

 

「お呼びでしょうか」

 

「君には一夏君の護衛と、学校までの送り迎えを頼む。もちろん君一人では無いから気負う必要はそれほど無い」

 

「畏まりました」

 

「それから、一夏君に近づく政府の人間は敵とみなして構わない。これから篠ノ之束が例の『IS』について発表するかもしれないからな。そうなったら彼女をおびき出す餌に、一夏君は最適だ。彼女の妹である篠ノ之箒は、篠ノ之束にとってあまり執着する相手ではないようだからね」

 

「分かりました。政府の人間とは別に、織斑姉妹はどうしましょう? あの人たちの事ですから、毎日のように一夏君の事を観察・隙あらば連れて帰ろうとか考えそうですけど」

 

 

 碧の言葉に、楯無は頭痛を覚えた。確かにあの姉妹ならばやりかねない、その考えが楯無の頭によぎったのだ。

 

「そうだな……君の戦闘能力で彼女たちが払いのけれるならそれが一番なのだが、彼女たちは相当な手練のようだしな。その場合は一夏君が連れて行かれないようにするように注意してくれ」

 

「分かりました」

 

「もちろん、君も学生生活をしっかりと送るように。君が学校に行っている間は別に人間が一夏君の監視・護衛を務める事になっているから」

 

「はい。では失礼します」

 

 

 碧が部屋から出て行き、楯無はもう一度重要人物保護プログラムの説明書きを読む。何度読んでも、政府の都合だけを押し通しているこの制度に、楯無は嫌悪感を抱くのだった。




一夏、息子計画……それを実行したらブラコン共が発狂して襲ってくるでしょうね……

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