朝食を済ませ、起きてきた本音も合流した事で再びVTSを使ったトレーニング――では無くトーナメントが開催される事になった。
「ルールは、自分の専用機を使う事がまず一つ。そしてハンディとして、私が半分、虚ちゃんが三分の二、簪ちゃんと美紀ちゃんと本音が四分の三のSEでスタートする事が二つ目。そして三つ目は、一夏君と戦う際には全力で相手をする事。逃げのトレーニングにもなるし、一夏君も良いでしょ?」
「まぁ、それだけハンディを貰ってますからね。ここで嫌だと言っても刀奈ちゃんの事です、そのルールを適応させるんでしょ?」
「もちろん♪」
自分の事を分かってもらえている事が、刀奈は嬉しかった。だが一夏は、分かってしまった自分を恨んでいる様な表情を浮かべていた。
「優勝者には、一夏君から特別なご褒美があるからね」
「俺が勝った場合は?」
「私たち全員がキスしてあげる」
「……適度に頑張ります」
おそらくご褒美の内容も似た事なのだろうと覚り、一夏はとりあえず全力で相手をする事に決めた。どうせ自分が最後まで勝ち残るなど、万に一つも無いのだからと……
ドイツで指導を続けている織斑姉妹だが、先日の衝撃的な発表を受けてからその指導に身が入っていないような感じがドイツ軍の中でまことしやかに囁かれていた。
「教官たちはどうしたんだ?」
「何やら呆けている時間が長く見られるが……体調がよろしくないのでしょうか?」
「誰か、直接聞いてきたらどうだ」
「では、私が聞いてこよう」
織斑千冬・千夏姉妹に指導されている部隊、通称「黒兎部隊」に所属している軍人は、ほぼ全員が織斑姉妹信者となっている。初めこそ理不尽な指導に怒りを覚えたが、自分たちを道具としてしか見ていなかったドイツ軍上層部の人間とは違い、彼女たちは人間を指導していた。その事を受けて、黒兎部隊の面々は織斑姉妹を崇拝していたのだ。
その中でも、この黒兎部隊の隊長候補として期待されている少女、ラウラ・ボーデヴィッヒの千冬、千夏信仰は群を抜いていた。
「織斑教官! 最近呆けている場面を多々見受けますが、何か心配事でもあるのでしょうか?」
千冬・千夏両名を見つけたラウラは、二人の視界に入る場所まで移動し、その場で敬礼をして二人に問いかけた。これは黒兎部隊の中での決めごとであり、二人が強要しているわけではない。
「ラウラか。先日の発表はお前も見たな?」
「はい、更識一夏とかいう男がISを動かしたと。それが何か?」
その言葉を発した次の瞬間、ラウラの身体は宙を舞った。千冬と千夏に殴られたのだと気付いたのは、数メートル吹き飛ばされた後だった。
「な、何をするんですか教官!」
「お前、一夏をバカにしたな?」
「きょ、教官のお知り合いなのですか?」
ただならぬ気配を感じ、ラウラはそう問いかけた。その事を、ラウラは一生後悔する事になるのだが、詳しく語るのは今では無いのかもしれない。
刀奈主催のトーナメントは、ハンディの通り刀奈と虚が他を圧倒する強さを見せて勝ち進んでいく。ちなみに、一夏は一回戦で早々に美紀に敗北している。
「碧お姉ちゃんは見学でしたけど、何で参加しなかったんですか?」
「刀奈ちゃんが言うには、シミュレーションでも強すぎるからって。まぁ、私は無条件で一夏さんの隣にいれるので文句はありませんけどね」
「さすがは無傷で世界を制した人ですね。無敗で制した刀奈さんでも恐れるとは」
「一夏さん、呼び方が元に戻ってますよ?」
「本人が聞いてないんですから、別にいいでしょ。俺だって恥ずかしいんですから」
全員にせがまれて、今日一日昔の呼び方をしなければならない一夏だが、本人が聞いていない所では普段通りの呼び方をしている。もちろん、本人が聞いていたら頬を膨らませて指摘してくるだろうが……
「聞いていない所でも呼んであげなきゃ可哀想よ」
「……面白がってますね」
碧と一夏以外は刀奈と虚の戦いに集中している為、二人の会話は他の人の耳には届いていない。だから一夏も刀奈の事を普段通り「刀奈さん」と呼んでいたのだが、碧は照れる一夏の顔が見たくてわざと困らせているのだった。
「おわったー! やっぱり虚ちゃん相手は疲れるわ」
「ハンディ分善戦はしましたが、やっぱりお嬢様には敵いませんね」
「てなわけで、第一回更識家バーチャルトーナメントは私の優勝でーす! はい拍手ー」
「「わー」」
「……わー」
美紀と本音のようにすぐに乗れなかった簪が、少し恥ずかしそうに拍手を送った。その姿を満足げに眺めたいた刀奈だが、不意にその視線を一夏に向けてきたのだった。
「何でしょうか?」
「優勝者には一夏君からご褒美があるって言ったよね?」
「ええ。ですが、そのご褒美の内容を俺は知りませんし」
「大丈夫。一夏君はジッとしてくれるだけで良いから」
「はぁ……」
刀奈に言われ、要領を得ないがその場に留まる一夏。刀奈が徐々に近づいて来ても、一夏は約束通りジッと動かずその場に立ち止まっている。
「あの……近いですよ?」
「一夏君、私のほっぺにキスして?」
「「「なぁ!?」」」
「いいな~刀奈様」
「あらあら」
簪、美紀、虚は声を上げ、本音は羨み、碧は微笑ましげに刀奈の言葉に反応した。だが一夏は何を言われたのか理解するのに数秒要した為、他の人とは違う反応を示したのだった。
「……これがご褒美、ですか?」
「うん! 篠ノ之博士にしてたのと同じようにね」
「はぁ……分かりましたよ」
刀奈の頬に口付けをし、一夏は他の人の視線に気づかないふりをして部屋から逃げ出したのだった。
碧は別格ですからね……