暗部の一夏君   作:猫林13世

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当然の如く、彼女はいません


朝早くから

 学校も休み。代表・候補生の合宿も休み。企業代表としての仕事も無い。そして更識家当主としての仕事も、当面急ぎのものは無い。そんな日が休日である確率はどれくらいあるのだろうか。そんな奇跡とも言える休日をむかえ、刀奈は朝からハイテンションで一夏の部屋を訪れた。

 

「やっほー! 一夏君、今から遊びましょうよ」

 

「……今からですか? まだ外暗いですよ?」

 

 

 現時刻は午前四時半、遊ぶには不適切な時間のまえに、個人の部屋を訪れるのにも不適切な時間だ。だが、一夏以外の簪、虚、美紀、碧の姿が刀奈の背後に見えたのを受け、一夏は自分が知らない間に計画されたであろう遊びのスケジュールを理解した。この時間から消化し始めないと終わらないスケジュールを。

 

「……本音はどうしたんですか?」

 

「あの子はこんな時間から起きられないから、後から合流するわよ」

 

「そうですか。それで、こんな時間から何して遊ぶんです? ゲーム、と言うわけではないですよね?」

 

「ある意味ゲームかな。バーチャル・トレーニング・システムを使って勝負しましょう!」

 

「……俺が皆さんに勝てるわけ無いじゃないですか」

 

 

 更識家にあるVTSは全員の専用機のデータをインストールしてある特製品で、これが盗まれただけでも更識所属のIS乗りのデータをほぼすべて手に入れられてしまうのだ。もちろん、システムには厳重な処理が施されており、データを弄るのは一夏にしか出来ないのだが。

 

「特訓よ、特訓! 一夏君だってISに慣れなきゃいけないでしょ?」

 

「そうですよ、一夏さん。もちろん私たちも全力でお守りする所存ですが、最近私と簪ちゃんは訓練で家を空ける事が多いですし」

 

「本音一人だと不安で、訓練に集中出来ない」

 

「それなら俺じゃ無く本音に訓練を積ませれば……」

 

「もちろん、後で本音にもやらせます。ですが、一夏さん自身も強くなられる方が、簪お嬢様と美紀さんには安心出来るのですよ」

 

 

 虚の言葉に、簪と美紀が力強く頷いた。つまりは、本音にはあまり期待していないという事だろう。

 

「分かりましたよ。その代わり、勝てないんですからあまり期待しないでくださいよ」

 

 

 説得は不可能と判断して、一夏は刀奈に引っ張られるがままVTSがある部屋まで連れて行かれる事になった。早朝である事で、騒がしくないのが一夏にとって唯一の救いだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の時間まで、VTSを使った遊び――という名の一夏苛め――は続いた。元代表で無傷で世界を制した碧、現代表で無敗で世界を制した刀奈を始め、企業代表の虚、代表候補生の簪と美紀相手に、いくら闇鴉を使用したからと言って逃げ切れるわけは無く、最終的に一夏は全員にやられたのだ。しかも碧には一撃も喰らわせる事叶わずに…

 

「皆さん、専用機との相性はよさそうですね。木霊も世代差をものともしない動きで碧さんの考えについて行ってますし」

 

「戦闘中にそんな事を考えていたんですか?」

 

「逃げるのが俺の機体の特徴ですから。その間に皆さんの動きを観察してただけですよ」

 

 

 碧に問われ一夏は、あっさりと戦闘に集中していなかった事をばらした。正確には、相手の動きには注意を払っていたが、自分が攻撃する事に関しては感けていたと。

 

「一夏さんの訓練なんですから、もう少し攻撃に集中してくださいよ」

 

「俺が攻撃に集中したとして、はたして攻撃を当てる事が出来るでしょうか? 逃げながらの牽制で漸く刀奈さんのSEをちょこっと削っただけなんですから、集中したって無駄ですよ。むしろ無傷でやられるのが関の山です」

 

「そんな事無いと思うけどなー。一夏君、製造者なだけあってISの事を理解してるし、戦闘に関しても筋は悪くないと思うけど」

 

「俺は戦う為にISを所持したわけじゃないですからね。もちろん、皆さんも戦いたくてISを持ったわけじゃないでしょうけど」

 

 

 一夏の言葉に全員が頷く。ISを持った理由の最たるは、一夏を守る為、守る事につなげる為なのだから。

 

「俺だって皆さんに依存するだけじゃダメだって事は分かってますけど、戦闘は門外漢な上に苦手です。気配察知は辛うじて更識内でも上位に位置していますけど、それだって逃げの手段でしか無いんですから。強力な相手と対峙した場合、俺はせいぜい逃げまどって助けを待つしかないんですよ、情けない事にね……」

 

「仕方ないですよ。一夏さんは根が優しい子です。争いを好まないのもそれが原因でしょう。昔は篠ノ之箒に襲われそうになる度に泣いていたんですから」

 

「……恥ずかしいので昔の事は言わないでくださいよ。あれから俺だって成長してるんですから」

 

「そうですね。でも、一夏さんが優しいのはあの頃から変わってませんよね?」

 

 

 自分の昔を知る大人――碧相手に一夏は得意の舌戦でも白旗を上げた。こればっかりは一夏でも抗えないものがあったのだ。

 

「昔の一夏君かー。本音が起きてくるまでその話しを詳しく聞きましょうか」

 

「起こしに行くって選択肢は無いんですか?」

 

「うん、ない」

 

「………」

 

 

 自分の過去――あくまで更識に来てからだが――を暴露される事を回避しようとした一夏だったが、刀奈を始め虚も、簪も、美紀も本音を起こしに行く事に反対した。碧も困ってる風を装ってはいるが、話す気満々だと一夏には見えた。

 

「お願いですから黙っていてください、碧お姉ちゃん」

 

「その呼ばれ方をされちゃ、黙ってるしか無いわね」

 

「あー! 碧さんズルイ! 私も昔の呼ばれ方したいなー」

 

「私もです」

 

 

 一夏が切り札を一枚切った所為で、その日の一夏は昔の呼び名で全員を呼ぶ羽目になったのだった。




本音が起きられるわけがない……

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