暗部の一夏君   作:猫林13世

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これをデートだと思える人はいるのだろうか……


デート?

 一夏がISを動かせると発表して一週間、世間の熱は少しさめてきた。その理由として連日一夏にインタビューを試みていたマスメディア関係の人間が、日本政府に拘束されるという事件が報道されたからだ。

 では何故、日本政府がただのマスコミを拘束したのかと言うと、一夏から相談されていたからである。相談、とは聞こえがいいが、ようは一夏は日本政府に脅しを掛けたのだ――

 

「どうにかしてくれないなら、日本政府が所有している更識製の訓練機を全て回収する」

 

 

――と。

 その事は公にはされていないが、一夏に迫ろうとすれば日本政府が動くという事を世間に知らしめたこの事件のおかげで、一夏やその関係者の周りには平穏が戻りつつあった。もちろん、完全に平穏が戻るのはもう少し先だろうが。

 その戻りつつある平穏を感じながら、一夏は人を待っていた。待ち合わせの相手は篠ノ之束、全国同時ハッキングを手伝ってもらったお礼として一日デートする事になった相手だ。

 

「やっほー! おまたせ、いっくん」

 

「まだ時間前ですし、貴女が気にする事では無いですよ」

 

「相変わらず真面目だねー。でも今日は『織斑一夏』としてのデートだからね」

 

「分かってますよ。俺からそう言いだしたんですから」

 

 

 この二人が待ち合わせるとなると、どうしても人気の少ない場所になる。そうなると一夏が狙われる可能性も高くなるのだが、今の世の中で、一夏を知らない人間はほぼいなくなった。良くも悪くも有名人である一夏が攫われそうになり、本気で助けを求めれば誰かしら反応はしてくれるだろう。攫う側も顔を見られるリスクを冒してまで一夏を手に入れようとは思わないようで、この辺り一帯には二人以外の気配は感じなかった。

 

「束さんも、意外と普通に出歩いても大丈夫かもしれませんね」

 

「いや~束さんの場合は、世界同時ハッキングがバレてるっぽいから、国から見つかると面倒なんだよ~」

 

「そうなんですか。一々秘匿回線を通してやり取りするのが面倒なんですよね。俺のも束さんのも、通信機器の履歴を調べられると拙いですし」

 

「いっくんの個人携帯なら問題ないでしょ~? 現にこうして束さんとデートの約束したんだから」

 

「……まぁ落とさなければ良いだけですからね。見られる心配もありませんし」

 

 

 さて、この二人がデートするとして、パニックにならない場所が存在するのだろうか。今日は日曜日で、定番のデートスポットには数多くのカップル、または家族連れであふれ返っている。街をただ歩くだけでも大問題を起こすペアだ、ブラインドショッピングも無理。個室に入ってそこを狙われたら面倒。したがってデートと言っても一般的とは事なりただ一緒に人気の無い場所を歩くだけになってしまうのだ。

 

「いや~、有象無象の視線を気にしなくて良いデートは最高だね、いっくん」

 

「これってただの散歩のような……まぁ、束さんがデートだと思ってくれているのでしたら良いですけど」

 

「そこの茂みで束さんと合体してみないかい?」

 

「合体? 何の事です?」

 

「そっか……いっくんはまだ中学一年生だもんね。疎くても仕方ないか」

 

「だから、何の事です?」

 

 

 束の少し下品な提案も、無垢な一夏には通じなかった。束も自分で言っておきながら、一夏が理解出来なかった事に喜んでいた。

 

「いっくんは世間に揉まれて大人の風格を身につけてるけど、こっちの知識は無いんだね」

 

「こっちの知識?」

 

「まだいっくんは踏み入れなくて良いんだよ~。それに、束さんも本気では言って無かったし」

 

「はぁ……」

 

 

 結局何の事か分からない一夏だったが、束が気にしなくて良いよ、と言わんばかりに笑顔で一夏にそれ以上考えさせないように迫ったので、一夏も深く考える事はしなかった。

 

「……ねぇいっくん」

 

「なんです?」

 

「後悔してない? 世界中の奴らにいっくんの事を知らしめた事を」

 

「今更ですね。その原因を作ったのは貴女でしょうが」

 

「そうなんだけどさ。今考えれば、いっくんが世話になっている家、暗部組織でしょ? 秘密の二つや三つくらい隠し通せそうな気がしてきて」

 

「前々から疑っていた集団もありましたし、遅かれ早かれこの事は発表するつもりでしたので」

 

 

 一夏が自分を慰めてくれているだけでは無いと感じた束は、一夏のセリフの続きを待った。

 

「IS学園に進学する事は既に決めていましたので、ISを動かせる事は世間に知られたんですよ、その時に。それが二年弱早くなっただけです」

 

「でも、いっくんはこの二年弱、誰かに狙われる確率が高くなったんだよ? 私が早まった所為で……」

 

「ですから、束さんの所為では無いですって。発表すると決めたのは俺なんですから」

 

 

 束にしては珍しく本気で気にしていたようで、一夏も誤魔化す事はせず本音を束に聞かせた。あくまで決心したのは自分で、束の所為では無いと。

 

「うん、いっくんは優しいもんね。束さんの所為なんて言わないよね。でもね、いっくん。束さんが引き金になった事は間違いないんだよ。だから、ゴメンなさい」

 

「……それくらい世間にも興味を向けられれば、貴女は逃亡生活など送らなくても済んだのかもしれませんね」

 

「かもね……でも、束さんは世間になんて興味ないもん」

 

「知ってますよ。ここ最近、貴女の事を知る機会が多すぎましたし」

 

 

 実姉である織斑姉妹よりも、自称姉である篠ノ之束の事の方が詳しくなってきたと、一夏も分かっている。記憶を失くし、織斑姉妹に苦手意識を持っている一夏だが、束の事は不思議と怖がらなかったのだ。まぁその理由の一つは、織斑姉妹が記憶を失ったばかりの一夏に物凄い表情で迫った事と、束特有の空気感で一夏を安心させた事が挙げられるだろう。

 

「それじゃあ、何処か別の人気の無い場所に行こうか」

 

「お供しますよ、束姉」

 

「おっ、思い出したのかい?」

 

「いえ、何となくです」

 

 

 記憶を失う前に呼んでいた呼び方を一夏がしたので、その後の束のテンションは常に高かった。




特殊な二人ですからね……どうしても人目を避ける場所を選んでしまう……

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