暗部の一夏君   作:猫林13世

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何事も準備が大切


発表の準備

 候補生に選ばれる前から専用機を持っている、という事だけで、簪と美紀は周りから様々な感情が入り混じった視線を浴びていた。だが、二人にはそんな視線はある意味慣れっこであり、また当然のものだった。

 

「選考会では、訓練機を使うんだよね?」

 

「そうじゃないと公平を期さないからと昨日、日本政府の人たちから注意されたからね」

 

「そもそも、私たちの専用機は更識所属で、日本政府には関係しないのに……」

 

「仕方ないよ。日本代表候補生を選び出す試合だもん。日本所属じゃ無くても専用機を使ったらフェアじゃないでしょ」

 

「そうだけどさ……なんかめんどくさい」

 

 

 日本政府が用意した訓練機も、一夏が造り上げた更識製のものだ。他の企業で造られた訓練機よりも数段上の能力を発揮できるようになっているもので、簪と美紀はこの機体での訓練もかなり積んでいるのだ。

 

「それじゃあ今から選考戦を始めるわよ。審判は日本代表の更識刀奈が担当します。身内がいるからってえこひいきはしないから安心してね」

 

 

 高らかにそう宣言した刀奈に、周りの女子から羨望の眼差しが注がれている事に簪は気がついた。

 

「やっぱり、お姉ちゃんは皆に尊敬されてるんだね」

 

「日本代表で、前回大会の覇者ですからね」

 

 

 二代目・世界最強の称号は伊達では無い。その事は簪も理解していたつもりだったが、実際にその場面に遭遇して、改めてその称号がIS乗りを目指す者にとってどのようなものなのかを実感した。

 

『ボクは一夏お兄ちゃんの方が凄いと思うけどな』

 

『それは、わたしたちが一夏さんの凄さを知っているからだよ』

 

『だって、あの蛟だって一夏お兄ちゃんが造ったんだよ? それを発表すれば……』

 

「(それはダメ! 発表するのはあくまでも、一夏がISを動かせる事だけ。それ以上は一夏も発表するつもりは無いよ)」

 

 

 金九尾の呟きに、簪が過剰に反応した。それでも、声に出さないくらいの配慮は出来ていたが。

 

『一夏さんを不要な危険に晒すのは得策ではないからね。それは我々ISも同じ考えだけど』

 

『でもやっぱり、一夏お兄ちゃんの凄さを世界中に知らしめたいと思っちゃうんだよね』

 

「(それは私たちもだけど、その所為で一夏と一緒にいられる時間が減っちゃうのは嫌だから)」

 

「(ただでさえ、最近一夏さんと一緒にいられる時間が減っているんだから……専属護衛の本音以外は)」

 

 

 二人と二機の会話は、選考戦が始まる直前まで続いた。別に軽んじているわけではないのだが、更識でかなりの経験を積んでいる二人と、他の人とでは、明らかに実力差が見て取れるくらいの差が存在しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪と美紀が無事日本代表候補生に選ばれてから数日後、一夏は尊の部屋を訪れていた。

 

「それで一夏君、何時発表するんだい?」

 

「少し釘を刺しておきたい相手がいますので、その人とコンタクトが取れてからにするつもりです」

 

「その人物は? 更識が総力をあげて探そう」

 

「無理ですよ。世界中が血眼になって探してるのに、誰一人見つける事が出来ないんですから」

 

 

 一夏の言葉に、尊はその釘を刺しておきたい人物を理解した。

 

「篠ノ之束博士か……しかし、どうやってコンタクトを取るつもりなんだい?」

 

「例の差出人不明のメールから、あの人へのアクセスが出来ないか試した結果、メッセージを送る事に成功しました。一応約束はこの後なので、私は少し屋敷を空けます。護衛も結構ですので、本音に居場所を聞かれても教えなくて大丈夫です」

 

「分かった……だが、危険な真似はしないように」

 

「重々理解しております」

 

 

 そう返事をして、一夏は尊の部屋から屋敷の外へと向かった。普段なら誰かに声を掛けられたり、外出する際には本音を伴うのだが、今回は本音がいたら話が進まないと言う事で本音には内緒での外出だ。戦闘力こそ人並みの一夏だが、散々狙われた結果気配察知と気配遮断だけは上達しているのだ。

 こっそりと更識の屋敷から外に出た一夏は、指定した場所へと向かう。人目は避けるべきだと一夏も考えているので、密会場所はどうしても人気の少ない場所になってしまう。もしこのタイミングで襲われでもしたら、一夏には抗う術は無かった。

 

「……いるんですよね。姿を現してください」

 

 

 繁みに声を掛け、一夏は側に落ちていた小石を拾い、投げ込むポーズをした。

 

「やっぱりいっくんから隠れるのは難しいなー……気配察知だけならちーちゃんたちより上なんじゃない?」

 

「隠れてるつもり、無かったですよね?」

 

 

 一夏は更識内では上位に位置する気配察知能力を有しているが、織斑姉妹と比べられるほどのものではない。それは一夏自身が一番理解している事だ。

 

「さすがいっくん! 聡明ないっくんには束さんのおっぱいの感触を味あわせてあげよう。うりうり~」

 

「……無駄な事をしている暇は無いんですが」

 

「まーまー……束さんがいっくん成分を補給し終えるまでの辛抱だよ」

 

「はぁ……協力を依頼する以上、それくらいは我慢しましょう」

 

 

 束が満足するまで、一夏はされるがままでいた。そして満足したのか、束が一夏を解放した。

 

「この度、『私』がISを動かせる事を発表するにあたり、篠ノ之博士にご協力を賜りたいと思い、ご連絡させていただきました」

 

「世界同時発信をする為に、束さんのハッキング能力が必要なんだね~。ミサイルを同時発射させた時みたいに」

 

「話が早くて助かります。報酬は、私と――『織斑一夏』と一日過ごせる権利で如何でしょう?」

 

「のった! いっくんと一日過ごせるなら何でもやるよ~!」

 

 

 こうして、大天災と大天才が裏で手を組み、世界に向けて情報を発信する準備が完了した。二人の表情は、凄く悪い事を企んでいるようにも見えた。




その報酬なら確実でしょうね

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