光白狐、金九尾、そして闇鴉の開発を手伝っていると、簪の中にふと疑問が湧きあがった。
「ねえ一夏」
「なんだ?」
「この三機も第三世代なの?」
各国も漸く第三世代の開発に目を向け始めたこの頃、一夏が造るISが未だに第三世代な訳が無いと思っている簪だったが、開発が進んでいるという事も聞いていないのでそんな事を思ったのだった。
「言って無かったか? 土竜が既に第四世代なんだが」
「聞いて無いよ!?」
「そっか……多分本音にも言って無いと思う」
「それで本音ちゃんは土竜じゃなくって蛟や丙を使ってたんだ……」
「まだそっちを使ってるのか?」
「最近は諦めて土竜を使ってるけどね」
バーチャルトレーニングでも、本音は自分の専用機を使おうとしていなかった。その理由は、自分がしっかりと専用機の説明をしていなかった事が多分に含まれているのだと一夏は今理解したのだった。
「まぁそれはさておき、この三機は第五世代だ。スピードも攻撃力も第三世代の一,五倍に相当するはずだ」
「それって、お姉ちゃんたちにも勝てるって事?」
「蛟や丙にも第五世代の動きが出来るようにバージョンアップを施すつもりだが、それが完了するまでは機体の差では圧倒出来るだろう。だが、碧さんみたいに世代差をものともしない程刀奈さんや虚さんが成長していたら分からん」
「つまり、私たちも基礎をシッカリと積んで、訓練をしなければいけないって事ですよね」
「そうだな。そしてそれは俺にも言えることだ」
美紀の発言に大きく頷いて、一夏は機体の製造を続けて行く。八割方完成している専用機だが、ここからが大変な作業だと一夏は思っている。
「後は武装を積み込むだけだが……ここで連動をシッカリさせておかないと、後で重大な欠陥になるからな……」
「一夏は既に四機の専用機を造り上げて、その四機全てにおいて欠陥は認められて無いじゃん」
「だからと言って、気を抜いて作業出来るわけじゃない。大事な人が一生付き合っていく機体になるんだ。手抜きなんて出来るわけ無いだろ」
一夏の何気ない一言に、簪と美紀の頬が赤く染まる。一夏としては、簪も美紀も、もっと言えば刀奈や虚、本音や碧も「大切な人」だ。その言葉に特別な意図は含ませていないのだが、少なくとも他の人間よりはその六人を大切に思っている事も事実なのだ。
その事を理解してなお、簪と美紀は一夏に「大切」だと思ってもらえている事が嬉しく、そして恥ずかしかったのだ。
『初心な人が持ち主になりそうですね』
『しょうがないよ。一夏お兄ちゃんに大切だって言ってもらえたんだから』
「「?」」
誰も口を開いていないのに聞こえた声に、簪と美紀は首を傾げる。唯一事情を知っている一夏が、その声の主に返事をした。
「ちゃんと自己紹介してくれよ。二人は初めて声を聞くんだから」
『そうなんだ。わたしが光白狐』
『ボクが金九尾だよ』
「これが、ISの声……」
「でも、これって一夏さんと所有者にしか聞こえないはずじゃ……」
「姉妹機だって言ったろ? だからどっちの声も二人に聞こえるんだろう。詳しい事は俺にも分からないがな」
既にある程度のデータを登録してあるから、二人にもこの声が聞こえるのだが、普通ならば光白狐の声は簪、金九尾の声は美紀にしか聞こえないはずなのだ。だが互いに互いの機体の声が聞こえている理由については、一夏も憶測の域を出無い答えしか持ち合わしていなかった。
代表候補生選抜合宿は、諸事情により参加者縮小を余儀なくされた。その諸事情に大きく関わっている刀奈は、微妙な空気の中で作業を続けるしか無かった。
『随分と注目されてますね、刀奈』
「(仕方ないでしょ! 簪ちゃんと美紀ちゃんが無条件で候補生当確なんだから)」
『無条件、では無いでしょうに。更識の技術力を日本のものとしてアピールしたい日本政府の思惑が関係してるんだから』
「(……貴女、本当にきわどい事をあっさりと言うわね)」
蛟の発言に冷や汗を流した刀奈だが、蛟のきわどい発言はこれで終わりでは無かった。
『どうせ私の声は刀奈と一夏さんにしか聞こえませんし、日本政府がどう思おうが勝手ですよ。もちろん、一夏さんの技術力は一夏さんのものであり更識企業の為に発揮される物です。日本の為、なんて考えは一夏さんには存在しませんよ』
「(だから危ない事をさらっと言わないでよ! 聞いてる私がハラハラするじゃない!)」
『ですから、言ってるんですよ。娯楽が少ない私としては、刀奈をハラハラさせるくらいしか楽しみがありませんので』
「(……今度一夏君に頼んで、貴女たちISにも出来る娯楽を考えてもらうわよ)」
『今の発言、しっかりと録音しておきましたので、もし反故にした場合は今以上に刀奈をハラハラさせる発言を続けるのでお忘れなく』
「(ISに脅されるなんて思って無かったわよ……)」
織斑姉妹の引退、前回の代表選考会後に候補生の半数以上が引退してしまったので、準備に必要な頭数が圧倒的に足りていないのにも関わらず、刀奈は蛟と会話をしながら準備を進めている。それだけやる気が感じられない刀奈だが、その彼女を咎める者も存在しなかった。彼女以上にISを上手く操れる人間も、彼女に強く出れる立場の人間も存在しなかったからだ。もしここに一夏か虚がいれば刀奈も準備に身が入った事だろうが、生憎合宿所にはそのどちらも存在しないのだ。刀奈が多少手を抜いても仕方ないだろう。
『さっさと終わらせて屋敷に戻りましょう! 一夏さんに娯楽を提供してもらわねば!』
「(めんどくさいのよねー……まっ、私も一夏君に会いたいから頑張りますか)」
結局一夏が原因で、刀奈はやる気を出し、選考会の準備をあっという間に終わらせたのだった。
何処まで先を行く一夏君……