IS学園で仕事をしていた碧に、更識家から至急戻ってくるようにメールが届いた。基本的にはIS学園の教師は教員宿舎で寝泊まりするのだが、碧は更識の人間――IS学園の最大のスポンサーの家の人間だ。その更識家が『至急』と言っているのを、学園側は止める事は出来なかった。
「それじゃあ五月七日さん、もし明日までに私が帰ってこれなかったら代わりをお願いね」
「分かりました! それでは小鳥遊先生、行ってらっしゃいませ!」
自分の代わりを五月七日に任せ、碧は更識家へと向かった。移動手段は更識家から遣わされた車なので、それほど時間は掛らないだろうと思っていた。
「しかし、至急なんて珍しいですよね。普通なら週末にでも帰ってこいって言われるのに…」
『何かあったんでしょう。一夏さんも色々と大変なお人ですから』
「例のメール、日本政府や諸外国にも送られてるそうよ。今はもう送られてきて無いようだけど」
『一夏さんが対処したのでは? 一夏さんなら篠ノ之博士に会う事も可能でしょうし』
あのメールの差出人が篠ノ之束である事は、更識家――一夏を通じて碧も知っている。だが、目的までは碧には理解出来なかった。
「その辺りの事を詳しく話し合ったのかしら? それでも、至急って言うほど差し迫った事では無いと思うんだけどな……」
『考えても結論は出ませんし、屋敷に帰れば分かる事です。何時までも分からない事で頭を悩ませるのは得策ではありませんよ』
「そうだけどさ……木霊は気にならないわけ?」
『そうですね……最悪私はコア・ネットワークから情報を得る事が出来ますので』
「ズルイっ!?」
しかし木霊も、コア・ネットワークを使ってその事を知ろうとはしなかった。別に急いで知ろうとしなかったわけでは無く、本能的に知ってはいけないと感じていたのだった。ISに本能というものがあるかどうかは別にして……
『しかし、IS学園だけなら対処は簡単でしょうけども、日本政府及び諸外国にも一夏さんの情報が流されたとなると、対処するのは一筋縄ではいかないでしょうね』
「そうなのよね……あの情報を鵜呑みにして、更識家に襲い掛かってくる輩もいるかもしれないし……」
『そうなるとやはり、一夏さんには専用機を持たせた方が安全ですし、護衛も本音さん一人では無くなるでしょう。建前など放り出して、美紀さんや簪さんにも専用機を持たせる事になるかもしれません』
「それで呼びだされたのかしら……更識関係者として、初代世界最強として」
『どうでしょう? 碧も危険に曝される可能性があるから、私のバージョンアップをするのではないでしょうか?』
「まぁ、もうじき着くんだし、説明は一夏さんがしてくれるでしょうしね」
木霊と話している間に結構な時間が経っていて、更識家はすぐそこだった。碧は覚悟を決める為に、目を瞑り精神を落ち着かせたのだった。
更識家の中心、大広間には刀奈以下簪、虚、本音、美紀と更識関係者の子供も集められていた。そこへ碧が足を踏み入れた時、全員の視線を浴びたのだった。
「えっと……小鳥遊碧、IS学園より戻りました」
「ご苦労様です。わざわざ呼び付けて申し訳ありません」
「い、いえ……それで一夏さん――楯無様、この度は何故私まで呼び付けられたのでしょうか?」
碧は一度「一夏」と呼び、すぐに今は「楯無」としてこの場所にいるのだと理解して呼び直した。
「簡単な事です。私の秘密が――一つですが世間に噂として出回っている事は知っていますね?」
「はい。最初にその秘密の暴露メールが送られてきたのはIS学園ですので」
「そうでしたね。そこで、秘密を全て暴かれるのは拙いと判断し、私がISを動かせる事のみを世間に公開する事となりました。つきましては、皆さんに危害が及ぶ可能性を考慮しまして、貴女を呼びもどして木霊の改良を行う事になりました。学園側も既に承知です」
「……そんな事、一言も言ってくれなかったんですけど」
「学長にはくれぐれも内密に、と念を押しましたので。本人である碧さんにも言わなかったのでしょう」
人の悪い笑みを浮かべている一夏に、碧はため息を吐きたくなったが、場所を思い出して何とか踏みとどまった。
「国家代表である刀奈さん、更識企業の企業代表を務めてくれている虚さん、そして私の護衛として専用機を有している本音、この三人は自己である程度は身を守る事が可能でしょう。しかし、簪と美紀はISを有していない。候補生として取り立てたいと言われていますが、まだ正式には決まっていませんのでね」
一夏が何を言いだそうとしているのか、当事者である簪と美紀――だけでは無くこの場にいる全員が興味を示している。唯一の例外は、既に一夏からその内容を聞かされている尊だ。
「もう何となく分かっているとは思いますが、私の護衛として簪と美紀を採用する事になります。そのついでと言っては二人に失礼ですが、専用機を私が用意する事になります」
「えっと……代表候補生としてもだけど、一夏君の護衛として簪ちゃんと美紀ちゃんを採用するって事?」
「そう理解してくれて構いません。ISを使える事を公表する以上、私も自分の専用機を造るつもりです。ですが、皆さん知っての通り、私の運動能力は平均的。自己防衛にしてもISだけでは心許ないのです。そして、本音はあんな感じですし……」
「ほえ~?」
一同の視線を一斉に浴びた本音だが、何時ものペースを崩す事無く首を傾げた。
「日本政府からは了承を得ています。候補生に採用する事も、邪魔するわけではありませんのでね」
「つまり、更識所属の専用機が三機増えるという事ですか?」
「そうですね。あくまでも更識家が製造したという事になります。私がISのコアを――ISを一から一人で造れる事は、まだ知られていませんのでね」
一夏の言葉に、更識の重鎮たちが一斉に頷いた。即ち、更識家としても、今回の事を実行する事が可決されたのだった。
立派な当主だが、護衛が……残念