粛清を終えた千冬と千夏は、侍女につれられて当主の部屋へと向かっていた。
「何故わたしたちを当主の部屋へ連れて行く」
「既に粛清は済ませたから、私たちにはもう用は無いぞ。後は一夏を連れて帰って、それで終わりだ」
「その事でご当主様からお話がございますので、私は貴女方お二人をご案内しているのです」
いくら客人とはいえ、千冬と千夏よりこの侍女の方が年長だ。不遜な態度を取られても態度には出さずにしっかりと役目をこなしている。だが内心はこの二人のブラコンに対し呆れとほんの少しの苛立ちを抱いているのだ。
「話とはなんだ? わたしたちはすぐにでも一夏を連れて帰りたいのだ」
「千夏の言うとおり、私たちは既にこの屋敷に用は無い。さっさと案内して終わらせろ」
「畏まりました。ではこちらですので」
親がいなかった千冬と千夏は、目上の人間を敬うという事を教わって来なかった。なまじっか昔から頭脳も武力も高い能力を有していたので、周りがへりくだっていたのだから、仕方ないと言えばそうなのだが……
「楯無様、織斑千冬様、織斑千夏様をお連れしました」
『御苦労。入りなさい』
「失礼します」
扉越しに一礼して、侍女は当主の部屋の扉を開ける。そして千冬と千夏を中に通し、自分は静かに扉を閉めて別の仕事の為に部屋から遠ざかって行くのだった。
「さて、君たちが一夏君のお姉さんで、小鳥遊碧を通じて我々に織斑一夏君の捜索・救出を依頼してきたんだね」
「そうだ。一夏を見つけ、助け出してくれた事に感謝する」
千冬の態度に対しても、顔色一つ変えずに楯無は対応する。伊達に暗部の当主を務めているわけではなく、人生経験は先ほどの侍女より遥かに多く積んでいるのだ。
「なに、弟さんを心配するのは当然の事だろう。それに、君たちの事は小鳥遊から少し聞いていたからね。随分と弟の一夏君を溺愛しているようではないか」
「当たり前だ! 一夏はわたしたちの癒しなのだからな!」
「ふむ……だが今の一夏君は、君たちの事を全く覚えていない。そんな一夏君を君たちは面倒見切れるのかい?」
楯無は既に、千冬と千夏が家事が一切出来ない事、一夏が二人の姉の面倒を見ていた事を調べ上げている。そして自分の二人の娘と、娘のように可愛がっている布仏姉妹、美紀も一夏と仲良くしている事を見てきている。
「一緒に暮らせばそのうち記憶も戻るだろう。それに一夏は私たちの弟だ。その弟を家に連れて帰るのに、わざわざ貴方にとやかく言われる覚えは無い」
「確かにそうだ。だが君たちは一夏君を怖がらせず、また負担も掛けずに生活を送れる自信はあるのかい? 失礼ながら君たちの事は調べさせてもらっている」
楯無の言葉に、千冬と千夏がピクリと身体を震わせる。もちろん一瞬だけだったのだが、楯無はそれを見逃さなかった。
「君たちのご両親の事は、同じ親として許せなく思うよ。だけど君たちも自分の事に集中して一夏君の事を疎かにしている節があるね。今回の事件の元凶と噂されている篠ノ之束、その妹の箒ちゃんが一夏君にした事、君たちも知っているよね。あれは君たちがしっかりと一夏君の事を見ていれば防げたはずだ」
「だが! あれはあの雌が……」
「その言葉遣い、一夏君が真似したらどうするんだい? 彼は今記憶がない。周りの影響を受けやすい状態になっているんだ。君たちのその言葉遣いを普通だと認識して、一夏君までも口汚くなったらどうするんだ」
楯無の言葉に、千冬と千夏は反論の言葉を無くした。自分たちの言葉遣いは前に一夏から注意された事もあったので、それを一夏が真似する可能性は無かった。だが楯無の言うとおり、今の一夏は周りの影響を受けやすい状態なのだ。
「一夏君の記憶が戻るまで、彼の事は我々が面倒を見よう。生活費やその他諸々も我々が出す」
「なっ! 貴方はわたしたちから一夏を奪うと言うんですか!」
「なに、一夏君の記憶が戻るか、君たちの言葉遣いと生活習慣が改められたと判断すれば、その時は一夏君を元の生活に戻すと約束しよう。まぁ、一夏君の記憶が戻った時、どちらで生活したいかを確認して、君たちとの生活を選べばの話だがね」
「どういう事だ?」
「一夏君が何時記憶を取り戻すか分からない状態で、暫くこの屋敷で生活を送るとしよう。記憶が戻った時に、失っていた間の記憶が残らない場合もあれば、そのまま残っている場合もある。記憶が残っていた場合、彼はここで生活していた時の記憶と、君たち姉二人の面倒を見ていた時の記憶の両方があるんだ。その場合は、どちらが楽しかったかの判断に任せると言う事だ」
楯無は娘二人を持つ父親だが、心のどこかで息子が欲しかったと思っていた。もちろん一夏を自分の息子にする事は出来ないが、息子を育てる気分にはなれる。言っている事は更識家当主としての判断と、今の一夏の状況を考えての事だが、少なからず一夏を織斑家に帰したくないという気持ちもあったのだ。
「……分かりました。ですが、一夏がわたしたちを選んだ時、すぐに一夏は連れて帰りますので」
「当然だね。一夏君の意思を捻じ曲げてまでここに残す事はしないよ。もちろん、ここに残りたいと言った時に、君たちが強引につれて帰ろうとした場合は、暗部更識家の全勢力をもって君たちを排除させてもらうよ」
「良いだろう。千夏、とりあえず帰るぞ」
自分たちの生活習慣が改められるとは千冬も千夏も思っていない。一夏無しでは数日であの家はゴミ屋敷と化すだろうし、まともな食生活が送れるはずもない。そうなれば出来るだけ早く一夏の記憶が戻り、この屋敷での思いでが残らないように祈るしかなかったのだった。
二人が帰った後、楯無は一人ため息を吐き、これからの事を考えるのであった。
とりあえず一週間連続で投稿出来ました。