IS学園の教師とは、殆どが元代表か元代表候補生、と言うわけではない。普通教科の担当をする教師や、IS素人の教師も結構存在している。そんな中で、元日本代表にして世界最強の称号を手にした碧は、教師からも生徒からも羨望の眼差しを受けていた。
「何だかやりにくいわね……」
『いい加減慣れたらどうです? もう半年はこの視線の中で生活してるのですから』
「そんな事言っても……」
長期休暇以外は、生徒も教師も気軽に学園の外へ出る事は出来ない。碧も敷地内にある教員用宿舎に寝泊まりする事が多くなっている。
「一夏さんからの報告では、各国の首脳たちが自分たちの非を認め、更識及びIS学園に罰金を支払う事になったようですが……どうやったら中学生の一夏さんが国の首脳たちを言いくるめたのでしょう?」
『一夏さんは普通の中学生では無いですからね。それよりも碧、来客のようですよ』
木霊がそう言った直後、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。碧は立ち上がり扉を開けて来客を確認する。
「はい、どちら様……って、なんだ。真耶と……どちら様?」
来客の一人は、元日本代表候補生にして、碧の後輩である山田真耶だった。だが、もう一人の来客は、碧の知らない女性だった。
「やっぱり碧さんはご存知なかったんですね。一応IS学園の教員で、私と一緒で元代表候補生なんですけど」
「そうだったの? ゴメンなさいね、更識の方でも忙しくて、私教員の殆どを知らないのよ。候補生も、あまり交流無かったし」
「そうですよね。小鳥遊さんは私たちの憧れでしたが、小鳥遊さんは私たちの事はあまりご存知ないですよね。織斑姉妹もおそらく、指導した私の事を覚えて無いでしょうし」
「そもそも私はすぐ代表を辞めたから。それで、貴女は?」
自分がまだ名乗って無かった事を思い出し、女性は慌てて一礼をした。
「申しおくれました! 私、元日本代表候補生にしてIS学園教師の
「つゆりさん? どういう字を書くのかしら?」
耳馴染みの無い苗字に、碧は思わず首を傾げた。
「五月七日と書いて、つゆりと読みます」
「そうなの。私の知り合いに四月一日さんって人がいるから、覚えるのは楽そうね」
「そうなんですか。珍しい苗字なので、絶対一回は漢字はどう書くのか聞かれるんですよね」
「ごめんね、その絶対を私もやっちゃって……」
落ち込んだ碧に、紫陽花は慌てて両手を左右に振った。
「良いんですよ。一度も聞かずに理解出来る人なんて、滅多に存在しませんから」
「おそらくだけど、私の知り合いの男の子は一回も聞かないで理解するかもしれないわね」
「そうなんですか?」
碧が思い浮かべた男の子が誰の事なのか、紫陽花にも真耶にも理解出来なかった。
「それで、何か用事だったんでしょ?」
「はい。学園宛にこんな悪戯メールがあったのでご報告に」
「悪戯メール? なになに……『とある男の子がISを動かす事に成功した。数年後、IS学園に入学させるべし』……差出人は?」
「不明です。いくら調べようとしても不可能でした」
「そう……更識に報告して、事実関係と差出人を調べさせておくわね」
「お願いします」
真耶は碧に報告した事で肩の荷を下ろした様子だったが、碧は重たいものを背負わされた気分に陥ったのだった。
テロ未遂も無事解決し、刀奈は一夏たちと同じ更識のプライベートジェットで日本へ帰国していた。
「やっぱり更識の屋敷が一番落ち着くわねー」
「あんまりだらだらされても困るんですが……」
夏休みも残りわずかと言う事で、刀奈は残された夏を満喫していた。
「失礼、碧さんからだ」
刀奈の隣で呆れていた一夏に、碧から通信が入る。
「何かありましたか?」
『IS学園に差出人不明のメールがありまして……内容はISを動かせる男子が存在するというものでした』
「……篠ノ之博士でしょうね」
一夏がISを動かせる事を知っているのは、更識関係者を除けば篠ノ之束ただ一人だ。一夏は何処にいるか分からないあのうさ耳マッドに鋭い視線を向けた。
『それともう一つ、一夏さんに聞きたいんですけど』
「なんです? まだ問題があるんですか?」
『いえ、そうでは無く……一夏さんはつゆりさんという苗字が、どんな漢字を書くかご存知ですか?』
「つゆり? 栗の花が落ちると書いてつゆりの方ですか? それとも、五月七日と書いてつゆりの方ですか?」
『後者です。ていうか、そんな字もあるんですね』
一夏が先に言った方を知らなかった碧が、しきりに頷いていた。
「それで、その五月七日さんが何か?」
『いえ、IS学園の教師で、元日本代表候補生の子に、そんな苗字の子がいたので』
「それは元代表候補生の五月七日紫陽花さんの事?」
一夏の隣で話を聞いていた刀奈が口を挿んだ。彼女はつい最近まで候補生であり、刀奈とも面識があったのだ。
『うん、そうです。やっぱり刀奈ちゃんは面識があったのね』
「だって戦いましたし。結構強かったと記憶してますが、まさか真耶さんに負けるとは思ってませんでした」
『真耶もアレで実力者だからね。それじゃあ、一応時間をおいてから差出人は篠ノ之博士だという事を報告しておきます』
「そうしてください。そして、そのような事実は確認出来なかったとも」
『分かりました』
一夏から短く命令を受け、碧は了解の返事をして通信を切った。
「まだ知られるわけにはいかないんだが……何を考えてるんだ、あの人は」
「多分、何も考えて無いよ」
刀奈がこぼした言葉に、一夏は頷いてしまった。記憶は無いが、何度か顔を合わせた結果篠ノ之束という人物像を何となく理解してしまっているのだった。
「通信手段が無いからな……釘も刺せない」
虚空に呟いた一夏の言葉は、風に乗ってかき消された。
五月七日紫陽花(つゆりあじさい)19歳
元日本代表候補生にして現IS学園教師。実力は相当なものを有しているが、選考戦では真耶に負け候補生を引退した。
千冬や千夏より碧を尊敬しており、碧の仕事を手伝えることを生き甲斐としている。