色々と話を纏めた刀奈は、一夏と同室で休むことにした。
「やっぱりみんなで一緒が一番よね~」
「良いんですか? 国家代表には専用の部屋が用意されているはずですが」
「良いのよ。あんな場所、四六時中監視されてる気分だもの」
「監視、ですか?」
不穏な単語が出てきたため、虚が首を傾げる。刀奈の護衛としての任も一応続けている虚にとって、主を狙う危険に注意を払うのも仕事だった。
「本当に監視されているわけじゃ無く、好奇の目で見られてる感じがするのよ、あの場所は」
「なるほど、そう言う事でしたか」
「……三人、いや、四人ですね」
「何が?」
扉を睨みつけながら呟いた一夏の言葉に、刀奈が首を傾げた。
「来客が、ですよ。穏便に済めばいいんですがね」
『失礼、更識一夏さんの部屋はこちらでしょうか?』
「そうですが、貴女たちは?」
『イギリス政府を代表して来ました。入れていただいてもよろしいでしょうか?』
一夏は視線で虚と刀奈に問いかけた。その視線に答え、虚も刀奈も頷いて見せた。
「どうぞ」
一夏が扉を開けると、そこには武装した女性が四人立っていた。明らかに穏便に済ませるつもりはなさそうだった。
「やれやれ……何が目的なんですか? イギリスという国を本当に消滅させたいんでしたらそう言ってくれればいいものを。刀奈さん、織斑姉妹の番号、知ってますよね?」
「うん、一応は……でも、何で織斑姉妹?」
「俺が襲われそうになった、としれば、あの二人はイギリス政府の人間を全員、関係したかしてないかなんて気にしないで屠りますから」
一夏のこの言葉に、武装した四人のイギリス女性がたじろぐ。冗談に聞こえない一夏の声音に、さすがに危機感を覚えたのだろう。
「では、本当に穏便に済ませるつもりなのでしたら、今すぐイギリス政府に伝えて下さい。こちらは、別に喧嘩するつもりなどない、と」
武力では無く雰囲気で相手を圧倒した一夏の交渉に、女性たちはただ頷いて部屋から出て行くしか無かった。
「……怖かった」
「ん? 一夏君でも怖いなんて思うのね」
気配が完全に遠ざかってから、一夏は全身の力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「あのですね……俺は普通の人間です。銃で撃たれれば死にますし、ナイフで切りつけられたら痛いんですから」
「それはみんなよ……でもまあ、さすがは一夏君。口先だけで相手を撃退なんてね」
「それだけ『織斑』という単語の威力がスゴイんでしょうね……」
「ところで、イギリス政府の人たちは、どうやってこの場所を知ったんでしょうか? ここを用意してくれたのはドイツ政府のはずですが」
虚の疑問に、一夏が苦笑いを浮かべながら答えた。
「大方、イギリス政府がドイツ政府から聞きだしたんでしょうよ。上手くいけば自国の制裁金もチャラに出来る、とか何とか考えて」
「腐ってるわね……」
「本当はどうなのかは知りません。ですが、イギリス政府には抗議の文書を送っておきましょう」
当主モードになった一夏に、虚と刀奈は顔を見合わせて笑いだしたのだった。
モンド・グロッソも終わり、織斑姉妹は代表引退を表明し、ドイツ軍を指導する事となった。
「本日より、貴様らを鍛える事になった織斑千冬だ」
「同じく織斑千夏だ」
「これから我々が言う事に対して貴様らが発して良い事は『YES』か『ハイ』のどちらかだ」
「間違っても『NO』や『イイエ』の類の言葉を発しないように。間違って殺してしまうかもしれないから」
あまりにも独裁的な挨拶だったが、ドイツ軍所属の誰もが織斑姉妹の言葉に肯定の返事をした。
「よろしい。ではまず最初に体力づくりからだ」
「この重りを背負って十キロ走れ」
「「「「ハイ!」」」」
憧憬の眼差しを向けてくるドイツ軍の兵士たちに、織斑姉妹は本気で指導する事に決めた。元々あまりやる気の無い仕事だったのだが、これだけまともに自分たちの教えを吸収しようとして来るとは思って無かったのだ。
「千冬、これは次のモンド・グロッソはドイツが持っていくかもしれないな」
「まだ分からんだろ。私たちの後釜は、あの更識から選出されるのが濃厚らしいからな」
「更識か……一夏に会いたいぞ」
「それは私もだ……」
つい先ほど、と言っても差し支えない程度前に、一夏に会ったはずなのにもうこれだ。織斑姉妹にとって一夏は最愛の弟であり、必須成分を補給する為に必要不可欠な存在だという事が良く分かる。
「しかし、一年もドイツで生活しなければならないとは……」
「ストレスが溜まって一人や二人殺してしまうかもしれないな」
織斑姉妹が誰かに聞かせるでもなく呟いた言葉に、答えが返って来た。
「別に殺しても構いませんよ」
「どういう事だ?」
「貴女たちが指導しているやつらは試験管ベビーと言って、誰かに祝福されてこの世に誕生したわけではない子供たちです。一人や二人死んだところで、我々は痛くも痒くもありませんので」
そう話すのはドイツ政府の上層部の人間。千冬や千夏にはこの男がどれほど偉いのかも、どれだけ凄いのかも関係無い。ただたんに嫌悪感を抱いただけだった。
「それから、これはお二人に関係する事ですが」
「なんだ?」
「先ほど、弟の更識一夏さんを襲うとして返り打ちにされた国がございます」
「ほぅ、何処だ」
「イギリスです」
ドイツ政府の男は、織斑姉妹にイギリスを無きものにしてほしいとの狙いが見え見えだった。だからではないが、織斑姉妹はすぐにイギリスを潰しには動かなかった。
「まぁ、一夏がどうにかするだろう」
「わたしたちは、IS産業から遅れ、IS学園に勉強しに来るであろうイギリス代表をいたぶればいいんだな」
「お好きにどうぞ」
思惑とは違うが、イギリスを痛めつけてくれるとの事で、ドイツ政府の男は満足顔でこの場を後にしたのだった。
イギリスはクズだが、ドイツはゲスだな……