暗部の一夏君   作:猫林13世

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普通の人間には必要無いものですが……


必須成分

 第二回モンド・グロッソも、日本勢が無傷で優勝した。前回大会を無傷で制した織斑姉妹は前評判通りだったが、刀奈はここまで強いとは思われてはいなかった。いや、優勝はするだろうとは言われていたのだが、まさか無傷でとは誰も思っていなかったのだった。

 

「貴様もなかなかやるな、更識」

 

「独自技術でIS界の最先端を行く企業の娘なだけはあるな」

 

「そうですね……(ウチって暗部組織じゃなかったっけ?)」

 

 

 刀奈が疑問を抱くのも仕方の無い事だろう。本来更識家と言うのは、対暗部用暗部であり、表世界でこれ程有名になるような家では無いのだ。だが、ISが誕生し、一夏が更識家で生活するようになってからと言うもの、更識家の名は、対暗部用暗部としてではなく、IS企業として世界的に有名になってしまったのだ。

 

「全世界が、更識の情報を欲しがっている」

 

「少しくらい技術を公開しないと、そのうちその技術者が狙われるぞ」

 

「更識にも事情がありますし、その人の名は世間には公表してませんので、誰を狙えば良いのかは分からないでしょう。もちろん、狙われる事なんて無いように、更識では従者にもかなりの訓練を積ませています」

 

「訓練機の全国シェアが六割を超えているからな、更識企業は。訓練を積ませるのにも困らないか」

 

 

 頑として更識制を使わない国があるので、百パーセントとは行かないが、それでも半分以上は更識制の訓練機を採用している。こういった国際大会の警備用に貸し出されているISも更識制のものが殆どだったりするのだ。

 

「もちろん、引き続き一夏君も狙われるでしょうし、護衛はしっかり務めてもらってますので、千冬さんと千夏さんはお気になさらず、ドイツで指導してあげてください」

 

「くっ……一目で良いから一夏に会いたいぞ」

 

「わたしも千冬も、そろそろ一夏分が尽きてしまう……」

 

「なんですか、その成分は……」

 

 

 織斑姉妹には(篠ノ之束にもあるが)普通の人間に必要なエネルギーの他に、必須な成分があった。それが「一夏分」だ。普段なら写真でも補給する事が可能だが、長い間本物を見ていないとその成分が枯渇していしまい、写真での補給が不可能になるという恐ろしいものだ。そして、その成分が無くなると、全てのものを排除してでも一夏に会いに行こうとするから性質が悪い。

 

「……これから一夏君にテレビ電話しますけど、それでいいなら会わせられますよ?」

 

「本当か!?」

 

「構わん! 一夏に会えるなら何でも良い!」

 

「……一応本人の了承を得てからですけどね」

 

 

 思いのほか食いついてきた織斑姉妹に、刀奈が引いてしまった。それくらい、今の織斑姉妹から必死さが伝わってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚は今、更識企業の代表としてドイツに来ていた。理由は一夏と簪が仕掛けたカウンタープログラムが作動する原因の説明と、それを喰らった国からの釈明を受けるためだ。

 

「何故、私たちなのでしょうか?」

 

「虚さんは文字通り更識企業の代表ですからね」

 

「ですが、貴方は世間から見れば普通の中学生のはずです」

 

「そうですね。ですが、先代楯無の息子であり、現楯無の名代を務める事になったのですから問題は無いですよ」

 

 

 虚の付き添いとしてドイツにやってきたのは、一夏だった。一夏本人が言ったように、先代楯無の養子であり、現楯無が日本でどうしても外せない用事があるので、一夏に名代を言い渡したのだ。

 

「ですが、中学生の一夏さんが名代だと、色々とマズイのでは?」

 

「カウンタープログラムを仕掛けた張本人ですし、別に問題は無いんじゃないですか?」

 

「……中学生にやられた、と知ったら色々と問題があるとは思いますけどね」

 

「おね~ちゃんは心配し過ぎだよ~。いっちーはそんな問題すら計算済みだって」

 

 

 もう一人の付き添い、一夏の護衛として同行してきた本音が、無邪気に宣言する。その宣言に、一夏と虚は揃ってため息を吐いた。

 

「とりあえず、本音は俺や虚さんからはぐれるなよ? ドイツで迷子になったなんて、面倒な事を起こすのだけは止めてくれ」

 

「分かってるよ~。……ほえ? 誰かが走ってくるよ?」

 

「誰だ?」

 

 

 本音が指さした方向から、物凄い勢いで駆け寄ってくる女性が二人。そのさらに奥には、もう一人女性の姿が一夏には見てとれた。

 

「「一夏ッ!!」」

 

「……ご無沙汰しております、織斑千冬さん。千夏さん。何かご用でしょうか?」

 

「お前の匂いを嗅ぎつけてな!」

 

「更識が電話する前に気づいたから飛んで来たんだ!」

 

「はぁ」

 

 

 それほど匂うのだろうかと、一夏は自分の鼻に腕を押し付けて匂いを嗅ぐ。しかし、そんなに遠くまで匂うような感じは一夏にはしなかった。

 

「それで、何かご用でしょうか?」

 

「弟に会うのに、理由が必要なのか?」

 

「お姉ちゃんたちは、一夏に定期的に会わないと死んでしまうんだ」

 

「そんなバカな……いや、この前篠ノ之博士も似たような事を言っていたような……」

 

 

 興奮している二人の姉を放っておいて、一夏は遠くにいる刀奈に手を振って近くに呼び寄せた。

 

「まさか一夏君が本当にドイツにいるなんて……」

 

「更識家の用事ですよ。ハッキングした国が釈明をするからと楯無さんを呼んだんですが、何分急だったものでして。それで俺が名代として派遣されたんです」

 

「なるほど」

 

 

 本当は一夏が楯無なので、ここに一夏がいる事が正しいのだが、その事を世間は知らないので、そういった理由を作ったのだと刀奈には正確に伝わった。

 

「それじゃあ、私も一夏君たちの同行するわよ。本音だけじゃ護衛が心許ないもの」

 

「お願いします」

 

 

 こうして、刀奈も一夏たちと行動を共にする事になり、織斑姉妹も一夏分を十分に補給し、禁断症状にならないように新しい写真を何枚も撮っていって一夏たちと別れたのだった。




結果的に一夏がイギリスを存続させたのだろうか……

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