暗部の一夏君   作:猫林13世

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厳密には実戦では無いんですけどね……


実戦のプレッシャー

 第一回戦、刀奈はドイツ代表と相対していた。

 

「(何でだろう……バーチャルの方が強く感じるんだけど)」

 

『緊張、委縮、恐怖、そして大歓声、実力を出せなくても仕方ないと思いますけど?』

 

「(うーん……大観衆の前で戦うのは、確かに緊張するけど、委縮するほどかしら?)」

 

『観衆に、ではなく貴女相手だという事で委縮してるのでは? それなりにデータを集めただけでも、貴女の実力には恐怖しますし』

 

「(どういう事よ!)」

 

 

 戦闘中だというのに、刀奈は蛟と会話をしていた。それくらい、今の相手は実力を発揮出来ていない証拠であり、一夏と簪が造り上げたプログラムは絶大な効果を発揮している証拠なのだ。

 

『一夏さんと簪さんが組み込んだカウンタープログラムは、まずあまり重要ではないデータをあえてハッキングさせてから発動するものです。そのあまり重要ではないデータの中には、貴女の少し前の能力データも含まれてましたから』

 

「(つまり、貴女が更新する前のデータって事?)」

 

『そう言う事です。一夏さんは使えるものは何でも使う主義ですし、ハッキングを仕掛けてきた国を特定するのにも、貴女のデータは良い餌でしょうしね』

 

「(餌って……別に釣りをしてた訳じゃないんでしょ?)」

 

『カウンタープログラムの中には、ハッキングを仕掛けた国のデータが流用するように仕組まれてましたから。更識刀奈のデータを欲した国は、自国の代表のデータを公表するはめになったんですがね』

 

「(何ともまぁ……一夏君らしいっちゃらしいか)」

 

 

 事前に訊かされていたら対戦相手や、他の国の代表に同情したかもしれないが、国が仕掛けた結果だから仕方ないと今は割り切った刀奈は、あまり時間を掛けると手の内を他の国に知られると思い決めに入った。

 

「悪いけど、貴女の実力は十分しってるの! 今の貴女じゃ私にダメージを与える事は不可能よ!」

 

 

 あっという間に相手のSEをゼロにして、刀奈は控室へと戻っていく。その後ろ姿を、ドイツ代表はうらみがましく睨みつけていたのだが、刀奈はその事に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀奈の試合を屋敷で観戦していた一夏たちは、思いのほかあっさりと終わった試合に拍子抜けしていた。

 

「なんか、バーチャルの方が強い気がするな~」

 

「緊張とかしてたんだろ。バーチャルの場合は、精神面に関する項目は無視してるからな。常に全力で戦えるようにプログラムしてあるから」

 

「それに、本音はお姉ちゃんの専用機の能力を使って対戦してたでしょ? お姉ちゃんの実力を使ってるんだから、本音でも勝てるって」

 

「そもそも、何で土竜のデータをインストールして戦わなかったんだ?」

 

 

 本音は、バーチャル対戦において自分の専用機『土竜』のデータを使わずに、刀奈の専用機である『蛟』あるいは虚の専用機である『丙』のデータを使ってトレーニングを積んでいる。その事が不思議で、一夏と簪は本音に問いかけたのだ。

 

「だって~土竜だと色々と横から口を挟んで来るんだもん。だから蛟か丙のどっちかを使ってるのだ~」

 

「……そりゃ、実物がすぐそばにいるんだから色々と口を挟んで来るだろうよ。だがな、それは土竜なりのアドバイスなんだから、バーチャルでもまず土竜を使えよな……自分の専用機をまともに使えるようになってから、他の機体で遊ぶなら良いが、最初から人の専用機で戦うのはあまり意味が無いぞ」

 

「は~い」

 

 

 一夏に諭されるように注意され、本音は素直に言う事を聞いた。その場だけの返事だけで無い事は、本音の表情を見ればその場の全員に分かったので、これ以上誰も本音に追い打ちを掛ける事はしなかった。

 

「さてと、それじゃあ俺は早速バーチャル・トレーニング・システムの改良をするかな。簪、手伝ってくれ」

 

「うん、やろう」

 

 

 一夏と簪が部屋から出て行き、虚と本音と美紀の三人がテレビの前に残される。

 

「本音、折角ですから模擬戦でもしませんか?」

 

「おね~ちゃんと? 私じゃおね~ちゃんには勝てないよ~。碧さんや刀奈様といい勝負が出来るおね~ちゃんと、未だに専用機からあれこれ注意される私とじゃ、模擬戦と言えども意味をなさないと思うけどな~」

 

「そんな屁理屈を並べて逃げようとしてもダメです。一夏さんに言われたように、貴女はまず自分の専用機である土竜を完璧に近いくらいまで使いこなせるようにならなければならないのです。その為には経験あるのみ、つまり模擬戦を相当数こなすしかないのですよ」

 

「ほえ~……美紀ちゃん、助けてよ~」

 

 

 それらしい理由で逃げる算段だった本音だが、虚には通じなかったので美紀に助けを求めた。だがしかし、美紀は笑顔で手を振るだけで、本音を助けようとはしなかったのだった。

 

「美紀ちゃんの薄情者~!」

 

「美紀さんは本音に必要な事を理解しているだけです。貴女が理解してないのはおかしいんですけどね」

 

「うわ~ん! おね~ちゃんが苛めるよ~」

 

 

 遠ざかる本音と虚の声を最後まで聞いて、美紀はテレビに視線を戻した。

 

「刀奈お姉ちゃん、凄く余裕って顔してたな……緊張してるんだろうけども、刀奈お姉ちゃんは昔から見られる事に慣れてるからかな……」

 

 

 更識家の次期当主候補だった頃には、大勢の従者の前で挨拶などもしていた刀奈は、普通の中学生では考えられない程人に見られる事に慣れている。それともう一点、一夏が刀奈の緊張をほぐしたのだが、その事は美紀に知りようは無かった。

 

「もし私があの場所に立ったのなら……ダメだ、緊張して吐きそうになった……」

 

 

 実際に立ったわけではないのに、美紀は吐き気を催してしまった。今から慣れておこう、美紀はおかしな目標を立てたのだった。




さすがに精神面まで考慮してないですからね……

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