暗部の一夏君   作:猫林13世

60 / 594
無双は決定してるので、それほど長くはやりません。


第二回モンド・グロッソ開幕

 第二回モンド・グロッソの開催国はドイツに決定した。前回大会覇者の織斑姉妹がいるから日本で開催しろ、という声もあったのだが、前回大会も日本で開かれたので、さすがに連続で同じ国での開催は避けるべきだ、という声が多くあった、という理由から日本以外の国で開催する事になったのだ。

 

『災難でしたね。現地には行けませんが、テレビで応援してますよ』

 

「うん。ていうか、一夏君がこっちまで来たら、また誘拐されるかもしれないでしょ? 簪ちゃんや美紀ちゃんも同様な理由でこれないし、一夏君の護衛の本音も屋敷に残るしかないからね」

 

 

 国際電話を使い、刀奈は一夏との会話を楽しむ。大会を翌日に控えた夜に、長電話をするなどと言うのは愚行に等しいのだが、時差を考えずに電話したのには、刀奈が緊張しているのだという事が良く分かる行動だ。

 

『初戦から開催国のドイツ代表とは、刀奈さんのくじ運は悪いとしか言いようがありません』

 

「そんな事言われても……完全に会場まで敵になるわよね……」

 

『アウェー感は否めないでしょうが、それも含めての大会です。落ち着いて、何時も通りの動きをすれば刀奈さんが勝ちますよ。碧さんといい勝負が出来るんですから、自信もって頑張ってくださいね』

 

「うん、一夏君に言われるまでも無く頑張るけど……やっぱり緊張する」

 

 

 一夏の励ましに、一応は強気で答えようとした刀奈だったが、やはり緊張が上回ってしまった。

 

『仕方ありませんね……刀奈さん、もし優勝したら、俺が出来る範囲で言う事を一つ聞きますよ』

 

「本当? 何でも良いの?」

 

『……出来る範囲でしたら』

 

 

 何やら墓穴を掘った感じがした一夏だったが、今更前言を撤回するわけにはいかない。明らかに緊張から高揚に変わった刀奈の表情に、一夏はそんな事を思っていた。

 

「よーし! それじゃあいっちょ勝ちに行きますか!」

 

『……まだ開始時間までありますよね? 少しは寝ておいてくださいよ? 寝不足で負けた、なんて言われたくは無いですよね?』

 

「そんな負け方したら、恥ずかしくて外を歩けないわよ……」

 

 

 全世界が注目している大会だけに、恥ずかしい負け方をすれば何処に行っても指を指される事になるだろう。一夏の忠告を受け、刀奈は大人しく寝る事にした。さっきまでは気分が高揚して眠れなく、時差も気にせずに一夏に電話をしたのだが、今は何故か疲れ果ててベッドに入ってすぐ、刀奈は眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよモンド・グロッソが開催される時刻になり、一夏たちは大部屋のテレビの前に集まっていた。今日は休日と言う事もあって、虚も簪も美紀も本音も、子供全員がこの場所に集まっている。

 

「一夏さん、少し眠そうですが……」

 

「朝早くに刀奈さんから電話がありまして……向こうはまだ夜でしたがね」

 

「まったく、お嬢様は……」

 

 

 刀奈の状況が手に取るように分かった虚は、小さくため息を吐いただけでそれ以上何も言わなかった。

 

「お姉ちゃんの出番は、第三試合だね」

 

「個人戦より先に、ペアマッチが行われるから、刀奈お姉ちゃんより先に織斑姉妹が登場するね」

 

「おー、鬼の織斑ペアだ~」

 

 

 どんなに戦術を凝らしても、どんなに対策を積んでも、織斑姉妹には勝つ事が出来ない。それがどの国の代表たちが口を揃えて言う、そんなところから織斑姉妹は鬼なのではないか、という噂が流れ始めたのだった。それをもじっての「鬼の織斑ペア」なのだが、一夏からしてみれば、鬼なら誰かしらが倒せるのではないかと思うところではあった。

 

「しかし、スゴイ観客ですね……」

 

「あの場所にいたら、すぐにはぐれそうですよ……主に本音が」

 

 

 興奮している三人よりは、いくらか冷静な態度を保っている虚の言葉に、一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「あの場所にいたら、誘拐犯が混じってても気づけませんね」

 

「洒落になって無いですよ、一夏さん……貴方は既に一度誘拐されているんですから……」

 

「『織斑一夏』は攫われましたが『更識一夏』は攫われてませんよ」

 

「同一人物ですよ……」

 

 

 一夏の冗談に、虚はかなり苦い笑いを浮かべる。自虐にしては重すぎるし、冗談だとしたら笑えない部類の言葉に、それ以外の表情が出なかったのだ。

 

「しかし、この大会に意味はあるんでしょうか」

 

「……どういう意味です?」

 

 

 一夏が腕を組みながらこぼした独り言に、虚が相槌を打った。

 

「ISのお披露目、と言うわけでもありませんし、世代差で言えば刀奈さんがぶっちぎってます。個人の能力でも日本勢が他国を圧倒しているのはデータから分かってるでしょうし、万が一でも無い限り日本が連覇する事はどの国も分かってる事ですし」

 

「それでも、万が一を信じて訓練を積んできたんです。戦わずして負けるのは納得出来ないのではないですかね?」

 

「……そもそも競技者に戦ってるつもりは無いんじゃないですかね? むしろ技術者の方が戦ってるという感覚を持ってる気がしてならないんですが……」

 

「操縦者の能力差もですが、技術の差も勝敗を左右するから、ですか?」

 

「『あの人』以外にも更識にハッキングしようとしてる国が結構ありましたからね。もちろん、カウンタークラックで撃退しましたが」

 

 

 対篠ノ之束のカウンタープログラムを、他の人間が食らえば大変な事になる。一時期ヨーロッパでデータ流用が騒がれたのはそれが原因だ。

 

「……本当に中学生なんですか? 一夏さんもですが、簪お嬢様も……」

 

「あれくらい知識があれば小学生でも組めるプログラムですよ」

 

「ですが、その知識は簡単に吸収出来るものではありませんよね?」

 

 

 虚の質問に、一夏は小さく笑うだけでなにも答えなかった。つまりはそう言う事だ、と虚も納得して視線をテレビに移したのだった。




実力の差は歴然です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。