千冬・千夏のブラコンが誘拐犯に鉄槌を下しているのとほぼ時を同じくして、刀奈がふと疑問に思った事を一夏に尋ねた。
「ねぇねぇ一夏君」
「なーに?」
「一夏君って学校はどうするの?」
年齢で言えば一夏も簪たちと同じ小学一年生。学校に通っているのが普通だ。だがこの屋敷に保護されてから、一夏は一歩も屋敷の外には出ずにいるのだ。
「分からない……学校ってなに?」
「ほえ!? おりむ~は学校も覚えてないの? いいな~! 私も記憶喪失になりたいな~」
「本音、一夏はなりたくて記憶喪失になったんじゃないんだよ」
「そうだよ! 一夏君は怖い目に遭ったから記憶を失っちゃったんだよ? 本音ちゃんも怖い目に遭いたいの?」
「それは嫌だな~」
普段から学校に行きたくないと思っていた本音が考えなしに言ったセリフに、簪と美紀が注意を入れた。確かに考えなしの言葉だったし、一夏自身がなりたくてなったわけでは無かったので、本音も素直に一夏に頭を下げた。
「ごめんね、おりむ~」
「ううん、本音ちゃんが悪いわけじゃないよ」
「お嬢様、一度楯無様にお伺いを立てた方がよろしいかと」
「うーん……お父さんも何も言ってないんだし、一応は何とかなってるとは思うのよね……でもまぁ、何時までも屋敷の中に引き籠り、ってわけにもいかないでしょうしね」
虚の提案に刀奈は少し考えてから答えた。
「それじゃあ一夏君、お父さんのところに行きましょう」
「……いじめる?」
「いじめないわよ。私と簪ちゃんのお父さんだもの」
「お姉ちゃん、それってなんの根拠にもなって無いと思う……」
小学一年生とは思えないツッコミに、刀奈は苦笑いを浮かべた。だがそれも一瞬の事で、一夏の手を取って当主の部屋へ向けて出発したのだった。
「虚ちゃんたちも一緒に来るでしょ?」
ふすまを開け一歩部屋から出たところで、刀奈は振り返り四人に問いかける。このまま一夏と二人きりでも一向に構わなかったのだけども、一夏の事を気にしているのは自分だけでは無いと理解しているのだ。
「しかし、私たちはご当主様に簡単にお会いできる立場では……」
「おね~ちゃんは気にし過ぎだよ~。楯無様は私たちの事も娘みたいに思ってくれてるじゃん」
「ですが……ここはお嬢様と簪お嬢様のお二人で行かれるのが良いかと」
「そうですね。私もここで虚さんと本音ちゃんと一緒に待ってます」
「ほえ? 私は一緒に……離せ~!」
虚と美紀に押さえつけられ、本音は部屋に残される事になった。刀奈は一夏と手を繋ぎ、それを羨ましそうに見ていた簪に一つ提案した。
「簪ちゃんも手を繋ぐ? まだ反対側が空いてるわよ」
「一夏、私も良い?」
「うん、簪ちゃんなら良いよ」
同い年のはずなのに、一夏は簪から見ても子供っぽい。記憶喪失と共に、幼児退行を起こしており、小学一年よりさらに幼い言動をとったりしているのだ。
「一夏、もしかしたら一緒の学校に行けるかもしれないね」
「そうなったら一夏君はお姉さんの後輩ね」
「小学校に先輩も後輩も無いよ、お姉ちゃん……」
「刀奈ちゃんと簪ちゃんは仲良しだよね。僕羨ましいな」
「一夏君……」
一夏にも姉はいる。だが一夏はその事を覚えていないし、自分たちや虚たちのように年の近い兄弟ではなく、十歳近く離れているのだ。
「よし! 一夏君も私の事をお姉ちゃんだと思って良いわよ」
「本当! 嬉しいな」
「ちょっとお姉ちゃん。そんな事また簡単に言って……」
「大丈夫。ちゃんと簪ちゃんのお姉ちゃんだから」
「そういう事じゃないよ……まぁ良いけどさ」
そんな事を話しながら当主の部屋を目指す三人。その途中で一つの部屋を横切った時、一夏が急に震えだした。
「どうしたの、一夏君?」
「一夏、寒いの?」
「ち、違うよ……この部屋の中に、怖い人たちがいる……」
一夏が指さした部屋、そこは一夏を攫った奴らが閉じ込められており、今現在は千冬・千夏姉妹が誘拐犯に罪に適した罰を与えているのだ。ちなみに、罪と罰の比重は彼女たちの基準であり、実際に比例しているのかと問われれば即答出来る感じでは無い。
「大丈夫。何があってもお姉さんが護ってあげるから」
「私も。一夏を怖い目に遭わそうとする人がいるなら、その人から一夏を護る」
実際問題として、小学二年生と一年生では出来る事に限りがある。だが今の一夏にとっては、この二人の言葉は非常に心強く、また安心出来るものだった。
「ありがとう。二人とも大好き!」
震えていた一夏が笑顔を取り戻し、無邪気にそんな事を言う。子供が良くいう感じの「好き」であって、そこに深い意味は存在しない。だが刀奈と簪は多少なりとも一夏の事を想っていたので、その一夏に「好き」と言われ大いに照れた。
「もう! お姉さんをからかっても何も出ないぞ」
「一夏、そういう事は簡単に言っちゃダメだよ」
「何で? 僕は刀奈ちゃんも簪ちゃんも、虚ちゃんも本音ちゃんも美紀ちゃんも好きだよ?」
「私たちも一夏君が好きよ。でもね、一夏君の『好き』と私たちの『好き』はちょっと違うかもね」
「? 良く分からないや」
小首を傾げながらもそれ以上は追及してこなかった。一夏としては気にはなったのだけども、深く聞いちゃいけないと本能的に理解していたのかもしれない。
「お父さん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
そうこうしている内に当主の部屋にたどり着き、なんの前置きも無く刀奈が声を掛けた。
「どうした、刀奈」
「一夏君って学校はどうするの?」
この問いかけに、楯無は悪い笑みを浮かべながら娘に耳打ちをしたのだった。
likeとloveの違いは小学生には分からないよな……