本来であれば、一年生は卒業式に参加する事はないのだが、専用機持ちであり更識所属の簪、美紀、エイミィ、香澄の四人と、生徒会役員である一夏、本音、静寐の合計七人は卒業式に参加する事になっている。参加すると言っても、生徒会役員ではない四人は特にすることも無く、ただただ見学するだけなのだが。
「簪と美紀はまだいいよね。身内が卒業するわけだし」
「といっても、虚さんは学園に残るけどね」
「布仏先輩ならいい先生になると思う」
「確かに、あの本音のお姉さんとは思えないほど立派だしね」
香澄とエイミィも納得するくらい、虚の教師姿というのは様になっているようだと、簪と美紀は小さく笑い合った。
「布仏先輩が卒業するから、静寐が生徒会役員に選ばれたし、私やエイミィも卒業式に参加する事になるしで、更識所属って意外と大変なんだね」
「参加するだけなんだからいいじゃん。お世話になった先輩だっているわけだしさー」
「それはそうですけど、こんなに人がいる場所に長時間もいたら、頭がおかしくなりそうなんですが……」
「あっ、一夏から香澄にって預かってるものがあったんだ」
そういって簪はポケットから何かを取り出し、香澄に手渡した。受け取った香澄は、それが何なのかが分からず首を傾げる。
「ただの耳栓……ではありませんよね?」
「着けてみればわかるって言ってたけど」
首を傾げながらも、香澄はその耳栓を装着する。特に変わった事はないと思ったが、次の瞬間には驚愕した。
「どう?」
「普通に声は聞こえますが、私の異能が発動していません……さっきまで聞こえていたエイミィの愚痴が聞こえなくなってます」
「えっ、私の愚痴って?」
「面倒くさい、帰りたい、眠い……などなど、卒業式に参加する事に対する愚痴です」
「エイミィ、そんなこと考えてたの……」
「いや……ほら、式典って長いじゃん? だからこれだけ特別ってわけじゃ……」
「まぁ気持ちは分からないでもないけどね」
自分たちが送られる側ならともかく、送る側など多かれ少なかれ思っている事だと、簪と美紀もエイミィの考えに同意し、香澄も頷いた。
「試作品らしいけど、後で一夏に感想を伝えておいてね」
「分かりました」
「これがあれば香澄も立派な社会人になれそうだね」
「美紀、それじゃあ今までの香澄じゃ立派な社会人にはなれなかったって言ってるようなものだよ?」
「だって、聞きたくない声が沢山聞こえたら、鬱になっちゃいそうだったし」
「それは私も思ってた事ですから大丈夫です」
「そうなんだ」
簪のフォローを必要ないと香澄がやんわりと伝え、納得して簪も美紀を責める事を止めた。
『それではこれより卒業式を始めます』
「おっと」
「一夏さんは耳もいいですからね。視線で注意してきました」
壇上の一夏が四人に視線を向けたのは、言わずもがなな理由である。四人は瞬時にそれを理解し、黙って前を向いたのだった。
長い式典も終わりを迎え、卒業生たちが退場していく。その光景を眺めていた静寐は、少し寂しい気分に陥っていた。
「シズシズ、どうかしたの?」
「いや、なんだか寂しいなって……」
「来月には新入生が来るんだし、別に寂しいって事は無いと思うけどな」
「そうなんだけどさ……何かの終わりに立ち会うって、こんな気持ちになるんだよね」
「他人様の卒業でそんななら、自分が卒業するときには泣いちゃうんじゃない?」
本音がからかっているのを隠そうともしない態度でそういうと、静寐は少し考えてから頷いた。
「かもしれないわね。中学の時はそうでもなかったけど、この学園で過ごした時間を考えると泣くかもしれないわね」
「そうなの? まだ一年しか経ってないのに?」
「この一年はかなり濃かったと思うけど?」
「いっちーの側にいれば、これくらい普通だと思うけどな~」
「私は元々更識所属じゃなかったし、一夏君とお近づきになれただけでもかなり濃い一年だったわよ。それが様々な事件に巻き込まれ、専用機持ちになり、挙句には生徒会役員にまで抜擢されたんだから」
「シズシズの実力なら当然だと思うけど」
元々のポテンシャルはかなり高いと本音も知っていたし、一夏が早々に打ち解けたのを見て、いずれは側近に数えられるのではないかとも思っていたので、静寐を生徒会役員に指名した事は、本音にとって当然であり何を疑問に思っているのかが分からないほどである。
「こら、二人とも」
「どうかしましたか? 刀奈様」
「まだ式典は終わってないんだから、あんまり私語をしてると一夏君に怒られちゃうわよ」
「卒業生が退場したんですから、もう終わったんじゃないんですか~?」
「まだ来賓が残ってるわよ。その人たちが退場して、在校生が退場して漸く終わりなんだから、もうちょっと我慢しなさい」
「すみませんでした」
刀奈に注意され、静寐は素直に頭を下げたが、本音は少し不貞腐れたように謝罪した。彼女からしてみれば、来賓など偉くもなんともないし、在校生は殆ど友達だと思っているのだろう。彼女は先輩後輩をあまり気にしないので、どの学年でも友達相手のように接するのだから。
「とにかく、あとちょっとは大人しくしてなさいよね」
「はーい」
刀奈相手にもちょっと馴れ馴れしい態度ではあったが、刀奈は苦笑いを浮かべて二人の側から一夏の隣へと戻っていったのだった。
次回最終回。一気に時が飛びます