束の事は気になってしょうがないが、刀奈はその事だけに感けていられる程暇ではない。間近に迫ったモンド・グロッソに向けて、日々訓練や模擬戦などで経験を積み、更には織斑姉妹の指導を受けるなど時間がいくらあっても足りないくらいなのだ。
「やっぱり一夏君が淹れてくれたお茶が一番ね」
「……ノンビリしてる暇は無いんでは無かったのですか?」
「これくらいは良いでしょ。虚ちゃんだって寛いでるじゃないの」
「私はモンド・グロッソには関係ありませんので」
虚との模擬戦を終えた刀奈は、一夏が用意してくれていたお茶を啜りながらノンビリしていた。虚の指摘通りなのだが、刀奈としてはこれくらいの時間は許してほしいと思うほどの僅かな時間なのだ。
「それに、一夏君がメンテナンスしてるから、ISを動かせないじゃない」
「それはそうですが、ならその時間を使って対戦国のデータを見直すとか、映像データから戦略を考えるとか色々と出来る事はありますよね?」
「もう見飽きるくらい見たわよ……そもそも、織斑姉妹と戦ってから相手のデータを見ても、大した事無さそうとしか思えないわよ……」
「それは……そうかもしれませんが……」
加えて刀奈は、前回モンド・グロッソ個人戦を無傷で制した碧とも模擬戦を重ねているのだ。その三人と比べれば、何処の国の誰が相手だろうと大した事無いと感じてしまうのは仕方の無い事だった。
「それに一夏君と簪ちゃんが造り上げたプログラムのおかげで、仮想対戦も積んでるしね」
「バーチャル・トレーニング・システム、ですよね。お二人は本当にこういった作業が得意なんですよね……」
まだ試作段階だが、一夏と簪が造り上げたプログラムは、対戦相手を想定した訓練にはとても有効なシステムだと刀奈は感じていた。それもそのはずで、織斑姉妹の動きをほぼ完璧に再現しており、威圧感なども本物そっくりにまで仕上げてきていたのだ。
「些かチートじみていますが、これも技術力の差で論破出来ますからね」
「そうそう。一夏君がいるから日本は強い、とか思っちゃいそうだけど、私だってちゃんと訓練してるんだから」
「ISを持てない人でもISのトレーニングが出来るように、って開発したものらしいけど、早くもIS学園から注文が来てるらしいのよね」
「訓練機を用意出来ても、それを動かせる場所には限りがあるからでしょうね」
IS学園には複数のアリーナが存在しているが、これから三学年が揃った時に、その全員がISを使った訓練を何時でも出来るわけではないのだ。そこで一夏と簪が造り上げたこのシステムを導入できないか、早くも検討されているのだ。
「どこから聞き出したのかしらね、まだ発表もされて無いのに」
「責任者は碧さんですから、碧さん個人の考えではないでしょうか? まぁ、IS学園にとっても有益なものでしょうから、反対意見は上がらないでしょうがね」
「そうなると、IS学園の設備の殆どは一夏君が関係してる事になっちゃうわよ」
正確には更識企業が関係してると言うべきなのだろうが、事実を知っている刀奈たちにとって、更識企業の業績=一夏の業績なのだ。だから刀奈が言うように、一夏が関係しているでも間違いではないのだ。
「大袈裟なメンテナンスを必要としない分、訓練機を使っての授業より楽かもしれないわよね」
「ですが、そうなると教師の立場が無くなってしまいますよ」
「もちろん直接指導も必要でしょうけども、このシステムならそれなりの場所さえ確保できれば誰でもIS戦闘訓練が出来るじゃない? 怪我の恐れも無いから、教師たちも安心でしょうし」
「ですが、仮想戦闘にばかりしていますと、実戦の時も無茶な動きをするかもしれませんよ。現実では怪我もしますし、最悪二度とISを動かせなくなるほどのトラウマを受けるかもしれませんし……」
「その点はまだ改良中ですので」
虚があげたシステムの問題点に対する回答は、刀奈では無く一夏から返された。
「いくら仮想戦闘を積んだからといって、やはり実戦には敵いませんからね。そこら辺はちゃんと理解してもらえるように、今簪と最終調整をしているところです」
「だから言ったでしょ? まだ試作段階だって」
「刀奈さんは実際に織斑姉妹や碧さんと戦った事があるから、仮想戦闘でも緊張感を持ってする事が出来ましたが、全員にその緊張感を持たせるのは難しいですからね。蛟と丙のメンテナンスは終了しましたので、訓練を再開しても構いませんよ」
一夏からメンテナンス状況が記された冊子を受け取り、刀奈と虚はそれに目を通した。
「一夏君、この新武装っていうのは?」
「刀奈さんが希望していた、水で造る囮を発生させる武装です。漸く完成しましたので、早速搭載しておきました。虚さんのは陽炎で造る幻影です。使いどころはお二人が自分で決めて下さい。そこまで俺は責任を持てませんので」
そもそも一夏はISを動かせるだけで、IS戦闘は専門外なのだ。タイミングまで一夏は責任を負えない、それは刀奈も虚も分かっている事なので、二人は一夏からの注意に素直に頷いたのだ。
「それでは、俺は簪とプログラムの改良をしなければいけないので」
「うん、頑張ってね。間違っても簪ちゃんを襲ったらダメよ?」
「襲いませんよ……そもそも、美紀や本音もいるんですから……」
「いなかったら襲うのかしら?」
「だから襲いませんってば……」
げっそりと疲れたような表情を見せた一夏に、虚は同情したような視線を送る。更識家の当主は一夏だが、虚個人の主は刀奈なので、この状況をどうにかする事は虚には出来なかったのだった。
束、一夏と並んで簪も普通の人間では無かった……あくまでも手伝いですけどね