虚が見せた二段階瞬間加速に、観客は言葉を失っている。そんな中でも、刀奈は面白そうに一夏に話しかけていた。
「あれを教えたのは一夏君でしょ」
「虚さんなら問題なく会得できると判断しての事です」
「まぁね。虚ちゃんなら苦も無く会得出来たでしょうけど、私にも内緒でってのは面白くないなー」
「対刀奈さんの切り札として習得したいと頼まれたんですから、刀奈さんに教えるわけないじゃないですか。まぁ、刀奈さんにではなくダリル先輩相手に使っちゃいましたから、もう不意打ちには使えないわけですけど」
「私だって二段階瞬間加速は使えるもの。知ってれば対応も出来るし、それがあるって考えを基に行動するからね」
「普段からそういう考えを持って行動してほしいですがね」
「まぁまぁ、とにかく虚ちゃんが勝って、ダリル先輩の実力も知れたんだし、一夏君的には万々歳な結果じゃないかしら？」
刀奈の問いかけに、一夏は無言で頷く。ダリルの実力だけでなく、使えそうな人材も発掘出来たので、このイベントは一夏にとって――更識にとってともいえるが、大満足の結果だったのだ。
「さて、これで今回のイベントも終わりですね。後は卒業式の準備ですか」
「虚ちゃんもいよいよ社会人になるのね……まぁ、半分は社会人みたいだったけど」
「刀奈さんは公人ですもんね。不用意な発言は外では控えてるんですよね？」
「それって、何時もは不用意な発言があるみたいな言い方じゃない？」
「無いと思ってるんですか？」
「一夏君の前でしか言わないもーん」
「俺の前でも控えてくださいよ……」
疲れ切った表情を見せる一夏に対して、刀奈は楽しそうに笑うのだった。
虚の動きに衝撃を受けた中でも、刀奈と美紀は比較的早く復帰する事が出来た。
「虚さん、使えるようになってたんだね……」
「刀奈お姉ちゃんくらいしか使えないと思ってたけど、やっぱり虚さんもすごいよね」
「本音のお姉さんってのが信じられないくらいすごいよね」
「そこで本音を引き合いに出す理由は無いんじゃないかな……」
美紀も思ってはいたが口にしなかった事を、簪はあっさりと口にする。普段刀奈と比べられる簪だからこそ、本音を虚と比べたがるのかもしれないと美紀は思っていた。
「まぁ、何時かは私たちも出来るようにならなきゃいけないんだけどね」
「更識製のＩＳの瞬間加速は、他のＩＳの瞬間加速より速いから、わざわざ二段階瞬間加速を会得する必要は無いと思うんだけど」
「お姉ちゃんに勝つには、二段階瞬間加速は必須だし、上を目指さないと」
「簪ちゃん……そうだね。私も頑張って会得するよ」
国家代表という、ある意味ゴールである地位を手に入れたことで、美紀は満足していた節があった。もちろん訓練中に手を抜くとか、そういった事は無かったが、何処か現状維持を目標にしている雰囲気はあったのだ。
「さっそく一夏に指導してもらわなきゃね」
「でも、一夏さんは生徒会の仕事があるんじゃ……それに、今回のイベントで見つけた人材を何処に振り分けるかも考えなければいけませんし、簪ちゃんだって無関係じゃないんじゃないの？」
「私は人経費にどれだけ割けるかを計算して、一夏に報告するだけだから」
「でも、一夏さんは簪ちゃんと相談して決めるって言ってたけど」
「そうなの？ それじゃあ、それが終わってからだね」
自分たちの事よりも一夏の事の方が大事な二人にとって、訓練よりも一夏の手伝いなのだ。もしここに他国の候補生がいたらツッコミがあったかもしれないが、二人は特に気にした様子もなく頷きあったのだった。
ピットに戻った虚を出迎えてくれたのは、解説をしていた刀奈と一夏だった。二人とも拍手で出迎えてくれたので、虚は少し気恥ずかしさを覚えた。
「さすが虚ちゃんね。はじめは互角かな～って思ってたけど、終わってみれば圧勝だったもの」
「そんなことありませんよ。ダリルもかなり強かったですし、一夏さんが指導してくださったお陰ですから」
「俺はやり方を教えただけで、会得したのは虚さんの力ですよ」
「それに、この新武装のお陰でもありますから。ＳＥを回復出来るというのは、かなりの強みになりますから」
「無限に、ではありませんが、それなりに活用は出来そうですね。もちろん、国際大会とかでは規制がかかるでしょうが」
「そもそもそんなのを使わなくても、私や簪ちゃん・美紀ちゃんのペアは負けないわよ」
「油断してると足元をすくわれますよ？」
「虚ちゃんだって、半分顔が笑ってるじゃない。負けないって思ってるんでしょ？」
刀奈の問いかけに、虚は恍けた表情を浮かべて笑う。織斑姉妹か碧ほどの実力者が他所にいるならともかく、次回のモンド・グロッソも刀奈が優勝候補筆頭なのだ。
「姉妹で世界の頂点に立てたら、私も現役を引退しようかな。一夏君のお手伝いでもしながら、のんびりと過ごすのも良いし」
「現役を引退するなら、刀奈さんに任せたい事が沢山あるので、俺的にも嬉しいですね」
「……やっぱり、前人未到の三連覇でも目指そうかしら」
一夏が浮かべた笑みに嫌な予感がしたのか、刀奈はそっぽを向きながらそう呟いたのだった。
身内にもドＳな一夏君……