暗部の一夏君   作:猫林13世

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訓練もしっかりと積んでますからね


虚の秘策

 若干ではあるが虚の方が有利になってきたと、解説席の刀奈も感じていた。

 

「あれが新武装の力なの?」

 

「使えるのは精々一回の戦闘中に三回ですが、実力に差がない相手なら、その三回は大きいでしょうからね。碧さん相手だった場合は、三回だろうが百回だろうが意味をなさないでしょうが」

 

「まぁ、使う前に負けが決まってそうだしね」

 

 

 それだけ碧との間には実力差があると言う事だと、刀奈も重々承知している。同じモンド・グロッソ覇者とはいえ、彼女相手に勝てるなどという自惚れは抱いていないのだ。

 

「しかしまぁ、よく完成したわね」

 

「デュノア社の命運を賭けた商品ですからね。意地でも完成させるんだと気張っていましたから」

 

「一夏君が手を貸したんじゃないの?」

 

「俺は最初の考案だけで、後はデュノア社の――シャルの頑張りで完成したんですよ」

 

 

 デュノア社には当然更識の技術者が派遣されているが、あくまでも完成させることが出来たのはシャルロットの頑張りであると一夏は言う。刀奈はそれが一夏の優しさだと理解して、その頭を撫でようと手を伸ばし――あっさりと避けられてしまった。

 

「何で避けるの!?」

 

「何となく、ですかね」

 

「もう……」

 

 

 不貞腐れたフリをして一夏から視線を逸らした刀奈の頭を、今度は一夏が撫でようと手を伸ばす。避けようかとも考えた刀奈ではあったが、めったに撫でてもらえるチャンスなど無いので、大人しく撫でられる事にした。

 

「一夏君、私の方がお姉ちゃんだって忘れてない?」

 

「さっきも言いましたが、刀奈さんが俺の義姉であることは忘れてませんよ」

 

「だったら、これは子供扱いじゃないのね?」

 

「滅相も無いですよ。それとも、止めた方が良いですか?」

 

 

 一夏も分かってて言っている。刀奈が止めてほしいなどと思っていないという事を。それが理解出来た刀奈は、ますます頬を膨らませるのだった。

 

「一夏君、イジワル」

 

「そんなつもりは無いんですが」

 

「……何時か絶対一夏君に仕返ししてやるんだから!」

 

「期待しないで待ってますよ」

 

 

 余裕を感じさせる一夏の答えに、刀奈は膨らませていた頬に溜まっていた空気を一気に噴き出し、ガックシと肩を落とすのだった。

 

「そろそろ終わりそうですね」

 

「へ? ……あぁ、試合ね」

 

「忘れないでくださいよ」

 

 

 完全に試合の事を忘れていた刀奈に、一夏は形だけのツッコミを入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度気になりだしてからというもの、ダリルの動きは明らかに精彩を欠くものになってしまっていた。それでも直撃は避けているあたり、彼女の実力の高さをうかがわせる。

 

「どうしました? さっきから鋭さの欠片も感じられませんが」

 

「言ってなさいよ。その油断が命取りになるわよ」

 

「貴女相手に油断などするはずがないではありませんか。油断なく倒してこその勝利ですから」

 

「天下の更識の企業代表にそこまで言われるなんて、私も捨てたもんじゃないわね」

 

 

 軽口を叩き合う余裕を見せるが、彼女に本当はそんな余裕などない。だがここでそれを見せるわけにはいかないと、虚勢に虚勢を重ねて余裕があるように見せているのだった。

 

「もう十分楽しみましたし、観客も楽しんだでしょう」

 

「何の話かしら? 降参でもするっていうの?」

 

「その逆です。今から貴女を完膚なきまでに叩きのめします」

 

「出来るものならやってみなさい!」

 

 

 受けて立つという気持ちを全面に出しながら、ダリルの心の裡は別の感情で支配されていた。

 

「(実力差はそれほどないと思っていたけど、まさか布仏が私の実力に合わせて戦っていたって事? そのリミッターを解除するって事かしら……それなら、さっきから私が押されているのにも説明がつくし……)」

 

 

 頭を働かせながらも、ダリルは虚の動きに反応すべく気を張り続ける。一瞬でも気が緩めばそれが致命傷に繋がると、彼女の直感がそう告げているのだ。

 

「どうしたの? 完膚なきまでに叩きのめすんじゃなかったんかしら?」

 

 

 少しでも虚の態度を崩せないかと挑発をしてみるが、全く効果が見られない。ダリルは攻めてこない虚が不気味でしょうがなかったが、こちらから動けばそれが隙に繋がると、動くに動けなくなってしまっていたのだった。

 

「(どうする? 遠距離から攻撃を仕掛けて布仏の集中力を削ぐ……いや、そんなことをしたらこちらに隙が生まれてしまう……かといって懐に飛び込んだらそれこそ一巻の終わり……まさか、こちらの気を削ごうとしてさっきの宣言をしたんじゃないでしょうね……ありえそうだけど、布仏がそんな回りくどい事をするとも思えないのよね……)」

 

 

 様々な考えが浮かんでは消え、ダリルはいよいよ分からなくなってきてしまった。何か考えがあるのは間違いないのに、それが分からない。その状況が堪らなく気持ちが悪い。

 

「そっちが来ないならこちらから行くわよ!」

 

 

 ついにしびれを切らしそう宣言すると――

 

『試合終了、勝者・布仏虚』

 

 

――痛烈な一撃を喰らい、あっさりとSEが底をついたのだった。

 

「なっ……何があったというの……」

 

「二段階瞬間加速です。貴女がこちらの動きを警戒している間は使えませんでしたので」

 

「つまり、私がしびれを切らすのを待っていたって事?」

 

「もしくは、他の可能性を警戒して動いてくれるのを待っていた、という感じです」

 

「つまり、私が根負けしたってわけね……次は負けないわよ」

 

「次があると思ってるんですか? 私はもうこりごりです」

 

 

 互いの実力を認め合い、虚とダリルは大勢が見ている前で握手を交わし、静寂に包まれていたアリーナは割れんばかりの感性に包まれたのだった。




並大抵の人間ならGで意識が持っていかれそう……

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