客席の様子を見る余裕もないダリルと虚は、互いに一撃も喰らわせることが出来ない状況に歯がゆさを覚えていた。
「(実力は互角、いえ、私の方が実戦経験は豊富な分こちらに分があるはずなのに……なのになぜ布仏に一撃も喰らわせることが出来ないの)」
「(一夏さんが調整してくださってる分、私の方が有利のはず。なのになぜダリル・ケイシーにここまで押されているのでしょうか)」
互いに仕掛けては躱され、仕掛けられては躱しを繰り返している分、観客は盛り上がる一方なのだが、当の本人たちはそんな事を気にしている余裕は無い。恐らく観客の中でその事に気付いているのは教師陣の中でも実力者と言われる織斑姉妹と碧、そして解説席の一夏と刀奈の五人だろう。
「(スコールやオータムを相手にした時だって、ここまで苦戦した覚えはないわよ)」
「(お嬢様とは違った苦戦の仕方ですね……悔しいですが、彼女の実力は本物という事ですか)」
少しでも余計な事を考えたら、その隙を突かれると分かっているからこそ、考え事は自分が攻撃を仕掛ける時についでにしている、にもかかわらずこの苦戦だ。二人が周りの事に気を割いている余裕がない証拠だと互いに分かっていた。
「(認めましょう、布仏。貴女は私が倒さなければならない相手のようね)」
「(ダリル・ケイシーを倒す事によって、私は更なる高みにいける、という事でしょうか)」
互いを認め合う一方で、この相手にだけは負けたくないという感情、これがライバルなのだろうかと、二人の心にそのような考えが浮かび上がる。
「(だけど、今はそんなことを考えている余裕は無い!)」
「(私の全力を持って、この相手を倒す!)」
どちらかが一撃喰らわせることが出来れば、状況は一気に傾くだろうと分かっているからこそ、安易な攻撃は仕掛けられずにいる。互いに牽制程度の攻撃のつもりなのだが、その一撃は相当な威力を持っている。
「(仕掛けるなら仕掛けてきなさいよね)」
「(あちらが動けばこちらも仕掛けられるのに)」
互いに戦略など考える余裕もなく、ただ一撃を相手に喰らわせることだけを考えている。それが理解出来るからこそ、余計に仕掛ける事が出来なくなっているのだ。
「(こちらが動けばあちらも動く……)」
「(ですが見ているだけでは隙が生まれてしまう……)」
この状況を打破しようと動けば、そこを狙われる。それが出来る相手だと知っているからこそ再び動きが鈍る。そんな繰り返しをもう何度してきた事かと、ダリルと虚はこの状況を客観的に見ていた。
「(おそらく布仏も分かっているはず)」
「(同じ考えだからこそ動けない、ダリル・ケイシーも分かっているはずです)」
「「(なら)」」
二人の考えがどのようなものだったか、それはその他大勢の観客には分からなかっただろう。
二人が今までとは違う出方を見せたのを受け、刀奈は楽しそうに一夏に話しかけた。
「虚ちゃんもダリル先輩も、負けず嫌いみたいね」
「刀奈さんだって大概だと思いますけど?」
「そんな事ないわよ~? 私は、負けた時は潔く負けを認めるもの」
「碧さん相手なら、ですよね? たまに虚さんや簪に負けると、駄々をこねてすぐ再戦するじゃないですか」
「あ、あれは……」
一夏に見られていたのかと、刀奈は顔を真っ赤にして言い訳をしようとしたが、視界に飛び込んできた二人の動きにその事を忘れて見入ってしまう。
「虚ちゃん、あんな動きが出来たのね……」
「この一騎打ちの中で出来るようになった、というのが正解でしょうね。ところで、刀奈さんの言い訳は無しでいいんですか?」
「ん? ……あれはちょっと油断しちゃっただけで、本気を出せば勝てるって証明したかっただけで!」
「どんな相手にも油断せずに戦わなかった刀奈さんが悪いんですから、大人しく負けを認めた方が良かったのではありませんか? そのせいで整備に時間がかかったんですから」
「ゴメンなさい……って、今の危なかったわね」
ギリギリでダリルの攻撃を躱した虚の動きに、刀奈は思わず息を呑む。一夏もこの一騎打ちで二人が想像以上に成長していると感じているのか、何度も小さく頷いている。
「やはりライバルという存在は成長を促すんですね」
「簪ちゃんと美紀ちゃんも、互いを意識して己を高め合ってきたからね」
「刀奈さんにはそのような相手はいなかったですからね」
「でも、虚ちゃんや簪ちゃんたちに負けたくないとは思ってたわよ?」
「ですが、油断してたんですよね?」
一夏の意地悪な質問に、刀奈は頬を膨らませて視線を逸らす。
「意外と長引くかもしれませんね、この試合……」
「今日は制限なく戦えるって分かってるからでしょうね。無理して飛び込まずに隙を窺ってるのは」
「ですが、このままだと一生続くかもしれませんよ」
「SEが持つわけないんじゃない? 動かすだけでもちょっとずつ減るんだからさ」
「丙にはあの武装を積んでいる分、ダリル先輩が不利ですね」
「あの武装って?」
「この間漸く完成した、デュノア社の目玉商品となる武装です。テストケースとして虚さんに使ってもらおうと思いまして」
「デュノア社っていうと……SE回復武装?」
「えぇ。さて、それがあると知ったら、ダリル先輩はどう出ますかね」
実に楽しそうに呟いた一夏に、刀奈は何か言いたげな視線を向けたが、言ったところで意味が無いと知っているからかため息を吐くにとどめたのだった。
やっぱり一夏が一番黒いな……