まさか真耶に言い負かされるとは思ってなかったのか、織斑姉妹はその後数日間覇気を感じさせなかった。授業中に私語をしても怒ることもせずに、呆然と授業を進めていく。そんな光景を見た一夏は、昼休みに真耶を整備室に呼びどのような対応をしたのかを聞いたのだった。
「――という感じですね。ちょっと言い過ぎたかなとも思いましたけど、あれくらいじゃなきゃ効果がないって更識君が言っていたので」
「効果絶大でしたね……ちょっと効き過ぎたくらいです」
「やっぱりあれが原因なんですかね?」
「真面目に授業をやってくれるのはありがたいですが、注意しなくなったのは問題ですしね……このままでは織斑姉妹を舐めて、そのうち痛い目に遭う生徒が出てくるかもしれません」
「あの二人の怖さは身に染みてるとは思うんですが?」
「人間、慣れてくると昔の事など忘れてしまいますから。現に昔の篠ノ之さんの事を怖がっていた生徒も、あの戦争を機に普通に接するようになってますしね」
一夏としてはありがたい事なのだが、箒が何時過去の記憶を取り戻すかもしれないと思うと、手放しで喜べないのだ。だが、必要以上に箒の事を警戒して孤立させるのも良くないという事で、記憶のフラッシュバックがあった事は更識の人間にしか伝えていないのだ。
「とにかく、織斑姉妹の対処はこちらでしておきますので、山田先生は気にしないでください。ここで甘やかしたら再び山田先生に全てを投げつけて仕事をしないダメ人間に戻りますから」
「ダメ人間は言い過ぎじゃないですか……?」
「そうでしょうか? これでもマシな言い方だと思ってるんですが」
「(更識君の中の織斑姉妹像は、私がおもってる以上に酷いんですね……)」
「そりゃ、一応血縁ですからね……血縁ならではの感情、とでも申しましょうか」
「えっと……私今、何も言ってませんよね?」
当たり前のように自分の考えに応える一夏に、真耶は困ったように問いかける。
「思いっきり顔に書いてありましたし、山田先生の思考を読むのは難しくありませんし」
「そ、そうなんですか……」
「とにかく、あの二人の事で山田先生が頭を悩ませる必要はありませんので、思う存分ご自身の仕事に集中してください」
「分かりました。それじゃあ、更識君。午後の授業も頑張ってくださいね」
一夏なら授業に出る必要は無いのだが、一応学生として学園に在籍しているので、授業に参加する必要があるのだ。真耶は一夏にそういって整備室から職員室に戻っていったのだった。
真耶からどのような事を言ったのかを確認した日の放課後、一夏はマドカとマナカを誘って寮長室を訪れることにした。
「織斑先生、少しよろしいでしょうか?」
『あぁ、一夏か……鍵は開いてる』
「失礼します」
やる気の欠片も感じられない二人を見て、一夏は盛大にため息を吐いた。
「山田先生に怒られたのがそんなに堪えてるんですか?」
「何故それを!? ……いや、お前なら知っていて当然か」
「あの人は事実を言っただけですよ? ショックを受けるのはおかしいんじゃないですか?」
「まさか真耶に怒られるとは思ってなかったからな……」
「弟や妹に怒られても堪えなかったのに、山田先生なら堪えるんですか……それでしたら、これからは山田先生に任せてみましょうか」
「……何をだ?」
嫌な予感がしたのか、千冬と千夏が身構える。一夏はそんな二人の反応をしっかり見て、悪い事を考えている笑みを浮かべながら告げる。
「我々が怒っても堪えないんですから、お二人の説教を、ですよ。山田先生に言われるのが一番堪えるようですしね」
「「お願いだから止めてくれ!」」
「姉さま方……」
「元々ダメ人間だと思ってたけど、本当にダメなんだね」
「こらこら、とどめを刺すな」
一夏が笑いながらマナカに注意して、すぐに表情を改めた。
「真面目に授業をしてくれるのはありがたいですが、注意しないのは問題です。前みたいに過激な注意ならこちらも考えますが、放置されるもの困りますからね。しっかりと節度を持った注意をしてくれなければ、これまた給料査定に響くことになりますよ」
その一言に、二人の身体が大きく震えた。一夏に査定の権限はないが、かなりの発言力を持っている事は二人も知っているからだ。
「分かった! 真面目に授業をするし、節度を持った注意もする!」
「だから学園に進言するのだけは止めてくれ!」
「真面目になってくれるなら、こちらとしては楽が出来るので嬉しいんですがね。今後の授業態度次第で、進言するかどうかは決めますので」
「あぁ、分かった」
「わたしたちの態度、しっかりと見ておけ!」
「……生徒に見られるのはおかしいと思わないんですか?」
「まぁ、兄さまですし」
「お兄ちゃんの方が何十倍も偉いんだから、おかしいと思わないのが当たり前だよ」
「何だかな……」
姉と妹、どちらの双子も一夏が査定する側であることに疑問を抱いていない事に、一夏は盛大にため息を吐いた。とりあえず真面目に授業をして、注意もすると約束してくれたので、一夏は寮長室を後にした。
「悪かったな、付き合わせて」
「兄さまの頼みですから」
「あの二人とお兄ちゃんだけの空間にしたら、お兄ちゃんがトラウマを発動させるか、あの二人がこの世から消え去るかのどっちかだっただろうしね」
「さすがに消し去りはしないと思うが……」
断言できない自分に困りながら、一夏は二人の妹の頭を撫でるのだった。
これが何時まで続くかが問題です……