暗部の一夏君   作:猫林13世

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台所にいるあれ、ではありません


黒い影

 敵の動きが鈍くなり、次第に撤退していく様を、箒はつまらなそうに見送っていた。初めての実戦、しかも専用機での参加ということで、箒は少し心を躍らせていたのに、蓋を開けてみればこのざまだ。箒じゃなくてもつまらないと感じてしまうのも無理はないだろう。

 

「まぁ、一夏が情報戦で殆ど決めてたから仕方ないけどね」

 

「一夏さんですものね」

 

「一夏だしね」

 

「さすがお兄ちゃんだ」

 

 

 箒と一緒に周辺の警戒に当たっていた専用機持ちの言葉に、箒も同意しないではない。一夏相手に情報戦を挑めばこうなると、箒だって理解している。だが、余りにも脆すぎると感じてしまう。

 

「(これが本来の私の気持ちなのでしょうか……今はまだ表に出てきていませんが、いずれあり得るのでしょうかね……一夏様に相談してどうにかしなければ、いずれこの気持ちが爆発してしまうかもしれません……)」

 

 

 自分が戦闘狂ではないかと感じ始めた箒は、逃げていく敵兵に襲いかかりたいと思ってしまった事を一夏に報告しようと決意し、周辺の見回りに戻る。

 

「箒も、今回は良い働きだったんじゃない?」

 

「そうでしょうか? 精々敵兵に偏向射撃で警告したくらいですよ?」

 

「それでいいのよ。一夏はそれを狙ってたんだろうし」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 鈴には一夏の狙いが理解出来ているのかと、箒は首を傾げながら問いかける。少なくとも、箒が見た限りでは鈴が一夏に今回の狙いを聞いたという事実は存在しないのだから、首を傾げてしまうのも仕方がないだろう。

 

「一夏は元々争いを嫌うから、戦わずに済めばそれが一番なのよ。だから、セシリアと箒の二人で威嚇射撃を行って、その間に敵大将を攻め落とし前衛を撤退させる。そうすれば無用な戦闘は回避出来るし、何より後々交渉しやすくなるでしょうしね」

 

「交渉、ですか?」

 

「そ。世界平和のためには人材が必要だからって、一夏は使えそうな敵兵を引き入れるつもりだろうし、実際交戦してなければ、その交渉もスムーズに済むってものよ」

 

「そこまで考えての行動だったのですか……私には一夏様の考えなど理解出来ませんでしたが、さすがは鈴さんですね」

 

「いやー、あたしも完璧に理解してるわけじゃないけど、たぶん一夏ならそう考えるだろうなーってだけよ」

 

 

 伊達に付き合いは長くないのだなと、箒は鈴と一夏の関係を羨ましく思う反面、何処かつまらなさを感じていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒がそんなことを考えているのと時を同じくして、敵が撤退していくのをつまらなそう、ではなく本気でつまらないと感じている集団がいた。

 

「これで終わりか? 随分とつまらねぇ結果だな」

 

「更識君の交渉術なら仕方ないのかもしれないけど、確かに消化不良気味だわね……久しぶりの実戦だったのに、これじゃあ逆にストレスが溜まるわね」

 

「文句ばっか言ってないで周囲の警戒を怠らない。まだ終戦宣言はされてないんだから、どこかに敵戦力が潜んでいるかもしれないでしょ」

 

「でもよスコール。アメリカ軍総司令部壊滅、大統領捕獲だろ? もう終わりで良いんじゃねぇか?」

 

 

 元亡国機業の面々にも、一夏たちが敵の中枢を墜した事は伝わっている。中枢が機能しない以上、敵が攻め込んでくることは無いだろうと考えているのだ。

 

「まぁ、すぐに終戦宣言がされるでしょうけど、それまでは気を抜かない。フォルテはちゃんと警戒してるわよ」

 

「アイツは実戦経験がないからだろ。必要以上に警戒したらいざという時動けないぜ」

 

「一人も漏らすことなく追い返したんだから、動けてた証拠じゃない?」

 

「そうかもしれねぇが……」

 

 

 つまらなそうに視線を逸らした先に、敵司令官を捕獲して戻ってきた更識勢の姿があった。

 

「まさかそのまま連れてくるとはね」

 

「護送中に襲われたら面倒だからな。自分たちの手で運んだ方が楽だし安全だろ?」

 

「まぁ、貴方たちだから言える事でしょうけどもね。それで、こいつらはどうするつもりなの?」

 

「面倒だから国際裁判に掛ける事にする。こっちで処理するには時間がかかり過ぎるだろうからな。まぁ、アメリカ内の事後処理の権利だけもらえれば、後は好きにしてもらって構わないわけだし」

 

「相変わらず黒い考えを平然と言ってのけるわね、一夏は」

 

 

 呆れたようなセリフではあるが、スコールの表情は楽しそうに笑っている。しかしその後すぐに真面目な表情を浮かべ、今後の事を尋ねた。

 

「私たちはこれで自由なのかしら?」

 

「まぁ、ダリル先輩はそのまま更識に就職してもらう事になってますし、フォルテ先輩も来年にはダリル先輩と同じ部署に配属になるでしょうね」

 

「オレとスコールは?」

 

「暫くアメリカの監視を頼むと思う。もちろん、二人きりになれる場所と時間も用意する」

 

 

 つまりそれ以外は監視が付いたままだという事だが、今までの事を考えるとだいぶマシになったとオータムは感じていた。

 

「それが終わったらそのままアメリカで好きにして構わない。更識の関連企業の重役のポストを用意するから、収入は気にならないだろうし」

 

「オメェはスゲェな……そんなこと、一高校生には考え付かないだろうが」

 

「今の俺を作った一端はオータムにだってあるんだからな?」

 

「チゲェねぇな」

 

 

 一夏が苦笑いを浮かべたのを受けて、オータムは豪快に笑いながら一夏の肩を叩いたのだった。




箒はどうしよう……

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