中学に入り、一夏の周りは一変した。それは当然の事ではあったが、知り合いがほぼいないクラスで、一夏は馴染もうともしないで、一人で過ごす事が多くなると考えていたのだが、同じクラスに簪と本音と美紀がいたため、その計画は初日から破綻したのだった。
「まさか四人とも同じクラスなんてねー」
「一夏、何だか顔色が悪いけど……大丈夫?」
「ああ、問題無い……」
「入学式の答辞、さすがでしたよ」
何の因果か中学に入った途端に目立つ事をさせられた一夏は、少し気分が悪そうにしている。それを心配して簪が声を掛けたのだが、一夏は問題無いと返すだけで、全然大丈夫そうに見えなかった。
「ねぇ本音、この子知り合い?」
「いっちーは更識の屋敷で生活してる子だよー。訳あって小学校は別だったけど、中学からは同じ学校に通う事になったんだー」
「色々って?」
「ウチの養子なのよ」
「お姉ちゃん!?」
説明しにくいと感じていた簪が何かを言う前に、教室に入り込んでいた刀奈があっさりとバラした。別に隠してるわけでも、「更識」という苗字ですぐに分かる事だから、むしろ刀奈には何故簪が説明しにくそうにしていたのかが不思議だった。
「てことは、簪ちゃんの弟になるの?」
「一夏君の方が誕生日が先だから、お兄ちゃんじゃない?」
「さぁ? そんな事気にしてませんし。それよりも刀奈さん、何故この教室に?」
「ちょっと相談したい事が出来ちゃったから、放課後時間くれない?」
刀奈の相談したい事が何か分からない一夏だったが、この場所で話す事が出来ない事は色々と心当たりがあったので、無言で肯定の返事をする。
「良かった。じゃあ放課後、この教室に迎えに来るから待っててね」
「分かりました」
嵐のように去って行った刀奈に、クラスメイトは呆気に取られていたが、すぐに意識を現実に向け出していた。
「更識君って、随分と落ち着いた子なんだね」
「まぁ、更識の屋敷は殆どが大人だからな。これくらいが普通だと思うが」
「いっちーは真面目すぎるんだよ~。普段からもう少し遊んでくれても良いじゃないか~」
「本音はサボり過ぎるんだろ。少しは家の事を手伝ったらどうだ?」
「一夏さんの言う通りだよ、本音ちゃん。手伝いとは言わなくても、宿題くらいは自分一人で終わらせないと」
「中学にはテストがあるから、本音もしっかり勉強しなきゃね」
「いっちーに教えてもらうから大丈夫!」
何の根拠があっての大丈夫なのか、一夏や簪、美紀の他のクラスメイト達も首を傾げたくなる発言をした本音。だが本人はいたって真面目で、本気で大丈夫だと思っているのだから不思議だ。
「俺にだって予定があるんだ。本音の事に感けてる時間なんてそうそう無いぞ」
「かんちゃんだっているし、それでも分からなかった部分をいっちーに聞けばいいんだよ!」
「……私は教えないよ」
「ほえ!?」
簪の無慈悲なる言葉に、本音は驚いた声を上げる。このやり取りがきっかけで、一夏の中学生活は、小学校の時以上に騒がしいものになる感じがしていたのだった。
放課後になり、一夏は約束通り刀奈が来るのを教室で待っていた。時間指定はされて無く「放課後」とだけ言われていたので、それが何時なのか一夏には分からなかったのだ。
「ゴメン、遅れちゃった」
「いえ、大丈夫ですけど……何の用事なんですか? 急ぎじゃ無いなら屋敷でも……」
「急ぎよ。IS学園にハッキングを仕掛けた輩がいると、碧さんから連絡があったの。一応データは盗まれる事無く済んだらしいんだけど、あそこには色々と機密指定のデータがあるから、念の為気をつけて欲しいって」
「……更識のデータバンクにもハッキングを仕掛けてくるかもしれないと?」
「IS学園よりも、知られたらマズイ情報がわんさかあるからね……一応一夏君には早めに耳に入れておいたが良いと思ってここで知らせたの。本当はあの時にでも言っておきたかったんだけど、一夏君が更識の重要ポジションにいると知られるのはマズイしね。メールも同様にダメだったから、わざわざ待っててもらったの」
「別にそこは構いませんが……犯人の特定は済んでるんですか?」
すぐに大人モードに切り替わった一夏に、刀奈も居住まいを正した。元々崩してはいない両者だが、正した前と後ではやはり姿勢やら纏っている空気なども変わってくる。
「残念だけど、それはまだ特定出来て無いそうよ。真耶さんが調べてるらしいけど、特定に至るかどうかは……」
「そうですか……ところで、真耶さんとは?」
聞きなじみの無い名前に、一夏は話の腰を折り質問をする。刀奈も一夏が質問してくるのが分かっていたかのようにすぐに答えを返した。
「山田真耶さん。元日本代表候補生で、今はIS学園で教師を務めてる人よ。といっても、碧さんみたいにいきなりクラスを担当するわけじゃ無く、副担任として働いてるらしいんだけど」
「つまり、刀奈さんの先輩に当たる人ですか。実力はどんな感じです?」
「代表になれるだけの実力はあったんだけど、本番に弱いタイプの人らしくて、大勝負になればなるほど力を発揮出来ない感じかな。情報収集能力に長けてるらしくって、だから今回のハッキング対策を任されたらしいんだけど」
刀奈の説明に小さく頷き、一夏はすぐに尊に暗号メールを送った。
「楯無さんにも一応の連絡は行ってるでしょうけど、今の刀奈さんの情報も伝えておいた方が良いでしょうし」
「今のって、真耶さんの?」
「必要とあらば、その人の力を借りるかもしれませんからね。それよりも、刀奈さんはそろそろ時間なのでは?」
「ん? ……あぁ!? 今日は代表のミーティングだった! それじゃ、一夏君またね!」
慌ただしく教室から出て行った刀奈を見送り、一夏は遠くを見つめた。何となくではあるが、一夏には今回のハッキングの犯人は束なのではないかと思えたのだった。
やっぱり一夏の周りには人が集まる運命……