様々な指示を飛ばしながら、一夏はアメリカの動向を見張っていた。束から連絡を貰ってすぐに警戒を強めたお陰で、しっかりと監視体制が整ったのだ。
「どうですか、更識君?」
「明日にでも仕掛けてきそうな雰囲気はありますが、向こうもこちらの動きを警戒しているでしょうから、無策に動くとは思えませんね」
「今更アメリカのスパイがこの学園にいるとは思えませんが」
「ティナもイスラエルに移籍しましたし、ダリル先輩やナターシャさんは更識の味方ですから、アメリカとつながりがありそうな人はいませんね」
監視を手伝ってもらっている真耶と世間話をしながらも、一夏は味方のデータを纏める手を止めない。教師相手に失礼ではないかとも思うが、真耶が特に気にした様子もないので、一夏も視線はモニターに固定したままなのだ。
「それにしても、やっぱり更識君も衛星のハッキングが出来るんですね」
「ハッキングではないんですけどね。これは更識が打ち上げた人工衛星の映像ですから、更識の人間である自分が使ってもハッキングではありません。覗き見であることには変わりませんが」
「更識企業って人工衛星も開発してたんですね」
「ISの本来の目的であるところの宇宙開発に先駆けて、宇宙の情報も仕入れておかなければいけないですからね。まぁ、今のところ宇宙開発に関しては進展していませんが」
「やっぱり世界的IS企業のトップともなると、考えている事が違うんですね~」
「……お忘れかもしれませんが、更識は元々はIS企業ではないんですが」
「そういえばそうでしたね。ですけど、十人に聞いて本来更識がIS企業なんかじゃないと知っている人が一人いるかどうかだと思いますけど」
真耶の言う通り、更識が元々対暗部用暗部であることはすっかり忘れられてしまっているのだ。表世界ではもちろん、裏でも忘れられているのは更識にとってはありがたい事なのかもしれないが、裏稼業で生計を立てていた人間にとっては、非常に困った状況でもあるのだ。
「世界平和が必ずしも全人類にとって幸せかどうかと問われれば、どうなんでしょうね」
「哲学は苦手なんですけど」
「世間話の延長だと思ってください。そりゃ世界中が平和になれば喜ぶ人は大勢いるでしょうか、戦いを生業にしている人間だって中にはいますからね。その仕事が無くなったら新たに職を探さなければいけない。ですが人殺しの技など、世間一般では役に立ちませんから。精々ボディーガードくらいですかね」
「そんなこと考えたこともありませんでした……」
「普通は考えませんからね、こんな事」
一夏が苦笑いを浮かべているのを見て、真耶はますます「更識一夏」という人物が自分とはかけ離れた存在なのだと意識する。
「更識君みたいに私がなろうとしても、きっと無理でしょうね」
「俺みたいな人間が大勢いたら、それこそ世界平和なんて夢のまた夢でしょうしね」
「そうですか? 多角的に物事を考えられる人が大勢いたら、きっといい世界になると思うんですけど」
「平和を望む半面で、やろうとすれば世界中を戦火に巻き込む事だって出来ますから」
「あっ……」
一夏にはそのような力がある、という事を完全に失念していた真耶は、その可能性を指摘されて言葉を失った。彼女が見た限りでは、一夏がそのような事を望む子ではないと断言できるが、一夏のような力を持った、一夏ではない人間がいたとしたら断言する事は難しいだろう。
「それに、俺のような考え方をしている人間ばかりだと、疲れてしまうと思いますがね。本音のように何も考えていないような人間ばかりでも疲れるでしょうけども」
「更識君って、本当に私より年下なのですか? 実は千冬さんたちのお兄さんって事は無いですよね?」
「見ての通り、俺は高校生ですから、間違いなく山田先生より年下ですよ。まぁ、それを証明する手立ては、残念ながらありませんけど……戸籍などを調べても、確証は得られないでしょうし」
一夏の問題は真耶も知っているので、どう反応すればいいのか窮したが、幸いなことにその事で頭を悩ませる暇は無かった。
「更識君!」
「またあのウサギですか……邪魔したいんですかね、あの人は」
アリーナに不審者有りとの警報を受け、一夏はため息交じりに腰を浮かせ真耶にアメリカの監視を任せた。アリーナに向かう途中で千冬と千夏に連絡を入れ、一夏は一足先にニンジン型ラボに一撃を喰らわせた。
「何か分かったんですか?」
「いざという時の為に、束さんもいっくんの側にいようと思って」
「ではなぜラボごと? 何時もみたいに勝手に忍び込めばよかったのでは?」
「ラボがあった方が都合がいいでしょ? 束さんのコンピューターたちはこのラボに積んであるんだから」
「まぁ、後はお二人に任せます。俺はアメリカの動きを見ておきたいので」
誰もいない背後に声を掛け、一夏はアリーナからモニター室へ戻っていく。名残惜しそうな雰囲気の束だったが、すぐに二人の気配を察知して本能のまま回避行動を取る。
「この忙しい時に貴様は!」
「その根性を叩き直してやるからそこに座れ!」
「ちーちゃんたちだって遊んでたじゃないか~!」
騒がしくなったアリーナを、モニター越しで見ていた真耶は今まで見たことのない表情を浮かべていたのだった。
少しくらい現状を考えようぜ……