VTSルームにやってきた箒は、美紀と虚が自分を待っていた事に驚きを覚えたが、VTSのシステムの書き換えや調整が出来るのは更識勢だけだと思い出し、この二人が待っていても不思議ではないと思い直して一礼した。
「事情は織斑姉妹から聞いていますね?」
質問の形を採っているが、虚は箒が事情を知っていると確信している様子だった。隣にいる美紀も同じような態度なので、箒は小さく頷いて続きを促した。
「本来であればもう少し時間を掛けて判断したかったのですが、緊急事態では仕方ありません」
「一夏さんが判断した以上、従者である私たちに何かを言える権利はありませんよ」
「分かってますけど、篠ノ之さんが安全かどうかを判断するにはあまりにも時間が短すぎるとは思いませんか?」
「それは言っても仕方ない事ですので。篠ノ之さんも織斑姉妹から言われているかもしれませんが、私たちからも言っておきます。万が一不審な動きを――一夏さんに危害を加えるようなそぶりを見せた時点で貴女の命は無いと思っておいてください」
「分かっています。そもそも、一夏様が私の事を庇ってくださらなかった、今の私はありませんので」
その一夏を裏切るわけがないと言外に告げる箒に、美紀と虚は一応納得する事にした。そして、一夏から預かっていた箒の新しいパスワードを差し出す。
「数日間だけ使える、篠ノ之さんの新しいパスワードです。これを入力すればサイレント・ゼフィルスがインストールされている篠ノ之さんのIDでログインできますので」
「そのまま使えるかどうかは、今回の動きを見て一夏さんが判断します。更識としても、使える人は出来るだけ側に置いておきたいので、篠ノ之さんの働きには期待してます」
「その期待に応えられるよう、誠心誠意努力させていただきます」
一夏に期待してもらえているという事が、箒にはたまらなく嬉しかった。過去の自分がしてきた所業を考えれば、警戒されて当然だし、一夏が極端に自分を避けたとしても文句は言えないと思っていたが、まさか期待してもらえるまでの存在になれているという事が、箒にやる気をもたらしたのだった。
「一応説明しておきますが、サイレント・ゼフィルスは打鉄とは違い遠距離主体のISです。しっかりと確認しておいてくださいね」
「わかりました」
VTSを起動し、訓練を始めた箒に聞こえないよう距離を取り、虚と美紀は小声で話し合う。
「緊急事態とはいえ、篠ノ之さんにサイレント・ゼフィルスを渡してもいいんでしょうか?」
「先ほども言いましたが、一夏さんが――ご当主様が決定したことに、私たち従者が異論を挿めるわけがありませんよ。美紀さんは先代の遠縁ですし、一夏さんの代理を務めている尊さんの娘さんですから、美紀さんから一夏さんに異議申し立てをすればよろしいのでは?」
「一夏さんの判断が間違っているとは思えませんし、篠ノ之さんが戦力として期待できるのも確かですから、異議申し立てとまでは行きませんけどね……ですが、篠ノ之さんが何時記憶を取り戻し、一夏さんに襲いかかるかもしれないという不安は拭い去れません」
「一夏さんは前衛、篠ノ之さんは後方支援ですから、例え記憶を取り戻したとしても織斑姉妹が処分してくれると思いますよ。一夏さんもそのように指示は出しているでしょうし」
サイレント・ゼフィルスを手にし、消し去ったはずの記憶が蘇るかもしれないという懸念は、当然一夏も抱いている。だからあえて箒は後方に残し、万が一が起こっても織斑姉妹に対処してもらえるように指示はしてある。だがそれでも――織斑姉妹だからこそ信用出来ない美紀は、別の見張りもつけるべきではないかと懸念しているのだ。
「今回ばかりは織斑姉妹でも油断しないと思いますが」
「そうあってほしいですけど、彼女たちには前科がありますから。また一夏さんが酷い目に遭うかもしれないと思うと、どうしても信用出来る人を監視につけたいと思ってしまうんです」
「それでしたら、鷹月さんにでもお願いしたらどうでしょうか? 現状では、彼女が最も信用出来ますし、篠ノ之さんの動きにも対応出来ると思いますよ。それか、日下部さんの能力で篠ノ之さんが暴走するかどうか予知してもらっては如何でしょう」
「そこまでしなくても大丈夫ですが、そうですね。静寐にお願いしておきましょう」
自分の知らないところで織斑姉妹と箒の監視を任されることになった静寐は、きっと文句を言うだろうと思いながらも、美紀は彼女にお願いしようと固く決意したのだった。
「意外と順調に扱えているようですね」
「一夏さんが分かりやすい説明を打ち込んでいましたので、恐らくIS初心者でも問題なく動かせるはずだって簪ちゃんが言ってましたからね。実際にサイレント・ゼフィルスを動かすまで、篠ノ之さんが使えるかどうか判断は出来ないと思いますよ」
「お嬢様も同じ見解でしたが、一夏さんは特に気にしてる様子はありませんでしたけどね」
「攻めてこなかったら、この準備も無意味なんですよね……」
「それは、気にしたら負けですよ……」
アメリカが攻めてくることを前提として用意しているので、アメリカの動き次第では本当に無意味に終わるのだが、美紀も虚も準備だけは怠らないようにしようと一夏に言われているので、いつでも動ける準備だけは整えているのだった。
心配事が絶えない一夏の周りの人たち……