暗部の一夏君   作:猫林13世

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感染者多数ですしね……


恐ろしい病

 更識所属の面々や、クラスメイト、候補生たちが慌ただしくしている中、箒は大人しく部屋で精神統一をしていた。このような時だからこそ、冷静な考えを持てるようにということだった。

 

「貴女は何かしないのですか?」

 

「クロエさん……私には専用機も無ければ、一夏様のお手伝いが出来る程の技術も頭脳もありませんので」

 

「ですが貴女は、仮にも束様の妹君なのですから、少し考えれば良い案が出るのでは?」

 

「それは買い被り過ぎですよ……私は姉である篠ノ之束博士のような頭脳は持っていませんし、鍛えたところでたかが知れているでしょうしね」

 

 

 これは紛れもない箒の本心であり、束の凄さを素直に受け入れている証拠でもあった。以前の箒であれば、束と比べられる事を嫌い、その話題になっただけで竹刀を振り回していただろう。

 

「専用機と言えば、以前の貴女が使っていたサイレント・ゼフィルスは今、何処にあるのでしょうか?」

 

「一夏様が管理していると聞いていますが……何故そのような事を?」

 

「今は一人でも動ける人が欲しいと思っているはずですから、もしかしたら貴女にも出番があるかもしれませんよ」

 

「まさか……」

 

 

 口では否定したが、箒もその可能性は無くはないだろうと感じていた。敵の規模がどれほどなのかにもよるだろうが、一人でも多くの戦力を確保しておきたいと考えるのではないかと。そうなるとすぐに専用機を用意できる自分に白羽の矢が立つのではないかと。箒はそんなことを考えていたのだった。

 

「今の貴女であれば、ISを――力を手に入れたとしても正しく使えるでしょうからね」

 

「そうだと良いんですけどね」

 

 

 まだ自分がその力を正しく振るえるのだろうかと疑ってしまう箒は、クロエの評価に苦笑いを浮かべ、そうなりたいという決意を秘めた目を向けたのだった。

 

「おや? 来客のようですが」

 

「来客?」

 

 

 気配も音もしない廊下に視線を向けると、そのタイミングで扉がノックされる。その音で、一夏ではないという事だけは理解出来た。

 

「どうぞ」

 

「邪魔するぞ」

 

「織斑千冬さん……何か御用でしょうか?」

 

 

 来客は最強の双子の片割れであり、担任の織斑千冬だった。

 

「今の状況はある程度知っているな?」

 

「生徒会長から知らされた以上の事は知りませんが」

 

「それでいい。特殊な状況とお前の態度を鑑みて、必要とあらばお前にも出動してもらう事になった」

 

「私がですか?」

 

「非常に遺憾ではあるが、こればかりはすぐに人材を揃えられるわけではない。したがって最近成長著しいお前を使う事にしたのだ」

 

 

 クロエが箒に「言った通りになりましたね」という視線を向けているのを、箒は肩を竦めて受け止め千冬に質問する。

 

「出動と仰られましたが私には専用機はありません。普段使っている打鉄を使えばよろしいのでしょうか?」

 

「お前に近距離戦闘をされては困る。したがってお前の専用機であったサイレント・ゼフィルスを一時的に解放する」

 

「それは、私がその先もずっとサイレント・ゼフィルスを所有出来るという事ですか?」

 

「それはお前の働き次第だろう」

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔で答える千冬を見て、箒はまだまだ自分は信用されていないのだという事を改めて心に刻む。

 

「その決定は日本政府のものですか? それとも、一夏様のものですか?」

 

「……一夏が判断したものだ。もちろん、一夏に危害を加えようとした時点で、サイレント・ゼフィルスごとお前をスクラップにしてやるからそのつもりでいろ」

 

「私のそのような腹積もりはありません。この身が朽ち行くまで一夏様の為に働くことを誓いましょう」

 

「もう一度だけ言っておくが、一夏に危害を加える事は許さん。少しでも怪しい動きを見せたら――」

 

「重々承知しておりますので、念を押さなくても大丈夫です」

 

「そうか。そういうわけだから今からお前はVTSルームに移動しろ。サイレント・ゼフィルスの操縦の練習と連携の確認をしてもらう」

 

「分かりました」

 

 

 千冬の言葉に背筋を伸ばして答える箒は、何処か軍人ぽいなと千冬に思わせた。

 

「それから、クロエ」

 

「何でしょうか?」

 

「あのバカから何か連絡はあったか?」

 

「いえ、私には何も」

 

「そうか……」

 

「なにか気になることでも?」

 

 

 珍しく歯切れの悪い千冬に、クロエは首を傾げながら問いかける。

 

「いや、何時までお前を預かっていればいいのかと思ってな」

 

「私の身柄を保護してくださっているのは一夏さんです。貴女が心配する事ではないと思うのですが」

 

「貴様だって女だ。何時一夏の魅力に絆されるか――何時一夏分欠乏症に罹るか分からないからな」

 

「何ですか、その『一夏分欠乏症』って?」

 

 

 耳馴染みのない病気に、箒が首を傾げた。

 

「一夏の側にいられないと死んでしまう病気だ。発症者はかなりの数いる。写真や動画でも対処は可能だが、やはり本物の側にいる時には敵わないからな」

 

「そういえば、束様もそのような事を仰られておりましたね……」

 

「あいつが一番初めの発病者だからな」

 

 

 そんな病気があるのかと、箒は恐ろしさを感じていた。だがそんなことを感じている暇は無いと思い直し、すぐにVTSルームに向かったのだった。




発症したら特効薬はありません……

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