急に休校になったとはいえ、とても明るい気持ちになれない状況なので、セシリアたちは大人しく部屋に戻っていた。だが、しばらくして扉がノックされ、すぐに騒がしい一団が集まったのだった。
「あんたは自国に確認したの?」
「何をですの?」
「何をって、もしアメリカが攻め込んできたらどうするかをよ」
「どうするも何も、迎撃するのが普通ではなくて?」
「それはあくまでも日本所属の面々の話でしょ? あたしたちは他国の候補生なんだから、日本の問題に勝手に介入して問題にされたら困るでしょ? そもそも、母国が日本にではなくアメリカに与したらどうするのよ」
「そんなことは無いと思いますが……確かに確認しておくべきですわね」
すぐさま携帯を取り出しイギリス政府に確認するセシリアを他所に、鈴は一緒にやってきたラウラたちに視線を向ける。
「あんたらは確認したのよね?」
「当然だ。我らドイツ軍は何があっても日本の――いや、更識の味方という意見で統一された」
「僕はフランス政府にではなく、更識に恩があるからね。そもそも傘下企業の社長として、本社重役に命じられたら逆らえないし」
「私も、一夏君が骨を折ってくれたから今の地位があるわけだし、そもそも専用機も更識製だからね。イタリアにもフランスにも確認するまでもなく、私は一夏君の味方をするつもり」
「ティナは?」
「私はアメリカと袂を分かったんだし、そもそもアメリカに裏切られたイスラエルの候補生になったんだから、間違ってもアメリカの味方はしないわよ。それに、更識君にはこの程度じゃ返せないくらいの恩があるんだから」
「あんたら、一夏に借りを作ると後が怖いわよ」
「鈴じゃないんだから、そんなノリにはならないよ」
一夏と鈴の関係はある意味特別であり、ここにいる誰にも当てはまらない。だからたとえ一夏に借りを作ったからといって、鈴のように何を要求されるか分からない、という状況に陥ることは無いのだ。
「前にあたしが宿題を手伝ってもらった時には、散々こき使われたんだけど」
「一夏君と鈴の関係は更識所属のみんなとも違った関係だから、仕方ないんじゃない?」
「お兄ちゃんと鈴は親友と言われる関係なんだろ? 私もお兄ちゃんともっと仲良くなりたいぞ」
「あたしと一夏は親友じゃなくて悪友よ。一夏に聞いてもそう答えるでしょうし」
「僕たちからみれば親友だと思えるけどね。そういう表現が恥ずかしいだけなんでしょ?」
シャルロットの指摘に、鈴は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「鈴さんは恥ずかしがり屋ですわね」
「確認取れたの?」
「えぇ。ですが、確認するまでもなく、イギリス政府は一夏さんの――いえ、更識の味方をする方針でしたわ」
「更識に喧嘩を売ってただで済むはずないものね。特に、ヨーロッパ圏の国は一度痛い目を見てるわけだし」
「あはは……まぁ、そんな事もあったね」
「私たちに直接は関係ないが、国が荒れたのは確かだな」
「あの時は大変でしたからね」
フランス、ドイツ、イギリスと悲惨な目に遭ったのだろうと、アメリカ出身のティナはそんなことをしみじみと感じていた。
「イタリアは大丈夫だったの?」
「まぁ、技術的に劣ってたから、ハッキングする技術者がいなかったんだよね……だから、他の国みたいにトップの赤裸々な秘密が詳らかになることは無かったんだよね」
「喜ぶべきか悔やむべきか分からないわね、そうなると」
「もう今はフランスの候補生だし、更識企業がイタリア企業を傘下にしてくれたお陰でだいぶ発展してるようだしね」
「今更ながら、更識君って何者なの?」
「何者って、旧姓織斑一夏。ISに人生を狂わされた男の子よ」
「それは知ってるけど、普通の高校生が国の繁栄衰退をコントロール出来るなんておかしくない?」
「普通の高校生じゃないから出来るんでしょ。そもそも、説明されたからって理解出来る事じゃないし、『一夏だから』って理由で納得しておいた方が楽よ」
「それで納得出来るのが凄いわよね……でもまぁ、更識君だからって事で大抵の事は納得しちゃうし、それ以上を求めても仕方ないって思えるのよね」
「更識のトップだしね。僕たちが聞いても分からない事が沢山あってもおかしくないしね」
「シャルロットは傘下企業の社長なのだろ? 我々よりお兄ちゃんの事に詳しいんじゃないか?」
「僕みたいな新米社長に何でも話してくれるわけ無いし、本家の考え方は僕には関係ない、とでも思われてるんだと思うよ」
「本社じゃなくて本家? 更識本家の考えって事?」
「うん。元々IS企業じゃないんだし、僕たちと違った考えを持っていても不思議じゃないだろうし」
「あの人たちを見てると、元々が対暗部用暗部だって事を忘れちゃうわよね」
特に刀奈や本音は、暗部の人間特有の空気を全く感じさせないので、彼女たちがたまに非道な事を平気な顔で言ってのけると、一夏が言うよりも衝撃を受けるのだ。
「とにかく、ここの学生同士で戦うって事がないだけ安心ね。後は一夏たちに任せておけば問題ないだろうし」
「少しくらい手伝った方が良いんじゃない?」
「邪魔するだけになるから、大人しくしてた方が良いわよ」
鈴の言葉に、全員納得するしかなかったのだった。更識所属のメンバーの動きについて行けるはずもなく、足手纏いにしかならない未来を全員が思い浮かべたからだろう……
また一夏が出なかったな……