暗部の一夏君   作:猫林13世

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世間一般には当てはまらないだろうな……


更識の基準

 朝から大変な目に遭った箒は、食堂で突っ伏していた。その姿を見た刀奈たちが不思議そうに彼女に声を掛ける。

 

「どうかしたの? 何だか疲れてるみたいだけど」

 

「朝からマドカさんとマナカさんに付き合ったんですが、かなり大変でして……途中で置いていかれそうになったので頑張ったのが原因かもしれませんが……」

 

「何したのよ」

 

 

 刀奈が視線をマドカとマナカにずらすと、二人は別に何もしていないと言わんばかりに首を横に振った。

 

「校舎周りを二周しただけでだいぶ消耗してたっぽかったけど、別に強制はしてないです」

 

「私たちのスピードに合わせる必要はなかったのですが、篠ノ之さんも意地になっていたようです」

 

「ちなみに、二人のスピードって?」

 

「計六キロを十八分です」

 

「まぁ、私たちなら普通で済ませられるけど、箒ちゃんはまだ厳しいペースよね、それって」

 

 

 一キロ三分ペースは、更識では遅い方だが、世間一般の女子高生に当てはめればだいぶ早い。箒も普通のとは形容しがたい実力を有しているとはいえ、このペースは少々厳しいものだったのだ。

 

「まぁ、その前には姉さまたちに誘われていたようですから、私たちの方なら何とかなると思えたのかもしれませんね」

 

「あの人外共は自分たちを普通だと思ってるみたいだけど」

 

 

 棘のある言い方ではあるが、マナカの言い分は刀奈たちにも理解出来るので、全員が苦笑いを浮かべながら頷いてみせた。

 

「ところで一夏君は? 今日は朝から教室にはいかないのかしら?」

 

「兄さまでしたら、先ほど食事を取りに行かれました」

 

「そう。それじゃあ今日は私と虚ちゃんが取りに行く日だから、簪ちゃんたちはここで待っててね」

 

 

 マドカとマナカが使っているテーブルのすぐ傍に腰を下ろした簪たちは、未だ起き上がれない箒を眺めながらお喋りを始める。

 

「初めの方は私たちもああなってたしね」

 

「碧さんはだいぶ楽な設定だと言っていましたけどね」

 

「国家代表とただの女子中学生を同列視してほしくなかったけどね」

 

「まぁまぁ、碧さんもだいぶ世間とはズレてたんだし、今ではそれが普通になっちゃってるんだから、あまり文句は言えないよね~」

 

「本音は今でも疲れてるじゃない」

 

「それでも、倒れ込む事は無くなったよ~」

 

 

 聞こえてくる本音の声に、箒はさらに疲れが増したような錯覚に陥った。普段のほほんとしている本音ですら倒れ込むことは無いのに、自分はこの体たらく、とでも思ったのだろう。

 

「おはよう、簪、美紀、本音」

 

「おはよう一夏。ちょっと眠そうだね」

 

「そんなことは無いが、それよりも本音がちゃんと起きてる事に驚きだ」

 

「むー! 私だって起きる時はちゃんと起きるんだからね~」

 

「定期試験で赤点だったらお小遣いを減らすって虚さんから脅されてるから、必死になって早起きして復習してるんだもんね」

 

「あっ! かんちゃん、それは秘密だって言ったでしょ!」

 

 

 実に分かりやすい脅しではあるが、本音にはこれが効果覿面だと一夏も知っているので、虚の作戦は実に良いものだと感心していた。

 

「ところで、虚さんからも小遣いをもらってるのか? 俺も渡してるんだが」

 

「貰ってないよ。いっちーから貰った分をおねーちゃんが徴収して減額するって言ってたから」

 

「そういう事か」

 

 

 恐らくは徴収された小遣いは本音の口座にでも入れられ貯金されるのだろうが、本音にとっては減額には変わりないのだ。貰った分はすべて使い切ってしまう本音には、赤点の方が良いのではないかと一夏は思ってしまったのだった。

 

「だいたい本音は計画性が無さすぎです。毎月末にはお小遣いを使い切って苦労しているんですから」

 

「でも、最近はちゃんと残ってるよ」

 

「それが普通です。だいたい食事代などそれほどかからないんですから、何に使ってたんですか」

 

「お菓子かな~?」

 

「それでよく太りませんよね……」

 

「運動してるし、それほど気になるほどでもないからね~」

 

 

 周りの生徒たちが羨ましげな視線を本音に向けるが、残念ながら本音はその視線に気付かなかった。

 

「そういえば一夏君。さっき学長から中庭の草花が舞ってるって言われたんだけど」

 

「織斑姉妹でしょうね。マドカたちの話から、彼女たちも校舎周りを走ったようですし、その勢いで草花が舞ったのでしょう」

 

「手入れが大変だってぼやいてたんだけど」

 

「普段こちらに仕事を丸投げしてるんですから、それくらい苦労しても罰は当たりませんよ」

 

「まぁ、学長も暇してるんだし、それくらいの後始末は任せてもいいわよね」

 

「普通なら暇してるわけ無いんですがね、この状況で……」

 

 

 一夏が恨みがましく中庭に視線を向ける。その意味を理解しているメンバーは、学長にではなく一夏に同情的な視線を向けたのだった。

 

「とりあえず、今は食事を済ませてしまいましょうか。そろそろ織斑姉妹が見回りに来る時間ですし」

 

「そうね。怒られるのは避けたいものね」

 

「ごちそうさま~」

 

「何時の間に……まぁ本音だしあり得るか」

 

「本音ですからね」

 

 

 一夏の言葉に美紀が同意し、残りのメンバーも頷いて自分の食事を済ませる事にしたのだった。




ハイレベルの中に入れば、箒は平均以下ですからね……

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