暗部の一夏君   作:猫林13世

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見張られているのは仕方ないですけどね……


箒の受難

 少しでもISの技術を高めるためには、まず基礎体力をつけなければいけないという事で、箒は朝早くから寮の外に出て身体を動かしていた。

 

「精が出ますね」

 

「なっ! なんだ、一夏様でしたか」

 

「気配は消してなかったんですが、気付きませんでしたか?」

 

「気配は消してなくても足音は消してましたよね? それに、今は周りに意識を向けてなかったので、気配云々はどうせ分かりませんでしたし」

 

 

 持っていた木刀を思わず一夏に向け、相手が一夏であったことに安堵してその切っ先を下に向ける。一夏の後ろでは碧が苦笑いを浮かべているのを見るに、一夏はわざと足音を殺して近づいたのだろうと箒には感じられた。

 

「一夏様こそ、このような時間からトレーニングですか?」

 

「俺は別件でこの近くを通りかかっただけです。いろいろと片づけなければならない案件が多くて」

 

「大変そうですね……それでは、今日の授業には出ないのですか?」

 

「さすがに授業には間に合うとは思うが、無理して出ても頭に入らないだろうからな……」

 

「一夏さんなら、そんな心配は無いのでは?」

 

「碧さんは俺を何だと思ってるんですか……疲れていれば思考回路も停滞しますし、理解が及ばないことだって当然あるのですけど」

 

 

 箒には碧の接近が分からなかったが、特に驚いた様子もなく一夏が受け答えをしているのを見て、自分の実力不足を痛感していた。

 

「とにかくそういうわけですから、邪魔して悪かったですね。トレーニングを続けてください」

 

 

 そう言い残して、一夏と碧は一瞬で姿を消した。

 

「……そんなに急がないといけないのでしたら、私なんかに声をかけなければよかったのに」

 

 

 自虐的にそう呟いて、箒は素振りを再開する事にした。身体に染み込んだ動きなので、特に問題なく出来ているが、これはあくまでも準備運動なのだ。

 

「身体も温まってきたし、そろそろ本格的に――」

 

「誰かを殴るつもりなのか?」

 

「それだったら看過できないぞ」

 

「わひゃぁ!?」

 

 

 反射的に木刀を声がした方に振り抜いたが、あっさりとその木刀を掴まれ、逆に自分が吹き飛ばされてしまった。

 

「いたた……いきなり声を掛けるだなんて酷いじゃないですか」

 

「お前の監視は私たちの仕事だ」

 

「そのわたしたちがお前が不審な動きをしていたのを見つけたら、声を掛けるのは当然だろうが」

 

「私は普通に運動していただけです。基礎体力をつけるために、慣れ親しんだ剣道を選んだだけなんですから」

 

「お前が竹刀や木刀を持っていると、どうしても危険だと判断してしまうんだ、許せ」

 

「謝ってる感じがしないのは気のせいでしょうか?」

 

 

 千冬のぞんざいな態度にジト目で睨む箒ではあったが、この程度でこの二人が大人しくなるはずもないと分かっているので、すぐにため息を吐いて睨むことを止めた。

 

「体力をつけたいのだったら、わたしたちの運動に付き合うか? この後校舎周りを十周するんだが」

 

「……私にはそんなに走れませんので」

 

「そうなのか? 十分もあれば十分だと思うんだが」

 

「一周三キロを十周するんですよね? 十分で走り切れるんですか!?」

 

「これくらい誰でも出来るだろ」

 

「スピード違反で一発免停な速度なんて出せるわけないでしょうが……」

 

 

 箒が呆れた声を上げたものだから、織斑姉妹は自分たちがズレているのではないかと疑いだしたが、やはり自分たちは普通だと言い張るのだった。

 

「そんなに疑うのであれば見ているがいい」

 

「わたしたちがいかに普通であるかを教えてやる」

 

「いえ、遠慮させていただきます……」

 

 

 人外に普通を説いても分かってくれないという事が理解出来た箒は、織斑姉妹を見送って自分の運動を開始する事にした。

 

「結構人と会うんですね……この時間なら誰もいないと思っていたんですが」

 

「学生は忙しいんだから、この時間に動く人が多くても不思議じゃないだろ」

 

「私たちも学生なんですけどね」

 

「……今度は妹の方ですか」

 

 

 声からマドカとマナカであることはすぐに分かったが、相変わらず気配は感じられなかった。箒はため息を吐きながら振り返ると、やはりマドカとマナカがそこに立っていた。

 

「妹の方って、さっきまであの二人がいたってこと?」

 

「姉さまたちも運動しているのですね」

 

「その前には一夏様もいらっしゃいましたので、これで織斑家コンプリートです」

 

「お兄ちゃんは今は更識だけどね」

 

「私たちもご一緒してもよろしいでしょうか」

 

「それは構いませんが、織斑先生たちみたいな運動は私には無理ですからね」

 

「分かってる。あんなことが出来るのは、あの二人以外にはお兄ちゃんと大天災くらいだろうからね」

 

「碧さんも出来るでしょうけども、やらないと思いますよ」

 

 

 どうやら妹の方は常識が通用するようだと、箒は内心でホッと息を吐いたのだった。

 

「それじゃあ、軽く走りますか」

 

「校舎周り二周、篠ノ之さんも行きますよね?」

 

「それくらいだったら。あっ、でもあまり速く走られるとついて行けないと思います」

 

「大丈夫。私たちは常識の範囲で走るから」

 

「最低ラインは二十分ってところですかね」

 

「それでも十分早いんですけど、なんとか頑張ります」

 

 

 姉二人に比べればまだマシだが、妹たちもなかなか速いなと、箒は付き合うと答えた自分を呪ったのだった。




コンプしたくない集団だ……

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