暗部の一夏君   作:猫林13世

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少しは慣れてはいるんでしょうが、やはりそそくさと逃げ出したいんでしょうね


苦手な気配

 VTSのメンテナンスを終わらせ、スコールとオータムの訓練を見学しようとしていた一夏の許に、織斑姉妹がやってきた。

 

「なにかありましたか?」

 

「いや、私たちも腕を鈍らせないために訓練しようと思ってアリーナに行ったんだが、混ぜてくれなくてな」

 

「当然でしょ。貴女たちと一緒に訓練したいなんて物好き、そうそういませんって」

 

「姉に対して酷い言い草ではないか、一夏」

 

「事実ですからね。貴女たちと訓練して、優秀な次世代のIS操縦者が自信喪失でもしたら、貴女たちの給料に響くかもしれませんが、それでもいいのでしたら頼んでみますけど?」

 

 

 一夏の脅しとも取れる言葉に、織斑姉妹は物凄い速度で首を横に振った。

 

「だからVTSを使わせてもらおうと思って生徒会室に行ったのだが、誰もいなかったのだ」

 

「そうしたらここに一夏の気配を感じ取ったから、こうしてここにやって来たのだ」

 

「最初から気配察知で探せばいいでしょうが。特に気配を殺してたわけじゃないんですし」

 

 

 無駄な事をしているなと、一夏は織斑姉妹の行動に対してため息を吐いた。だが確かに、この二人の実力に陰りが出始めたら困ると一夏は思い、メンテナンスが終わったばかりのVTSを起動し、織斑姉妹のパスワードを打ち込んでいく。

 

「どうぞ。使い終わったらちゃんとログアウトしておいてくださいね」

 

「何だ。見て行かないのか?」

 

「現役の美紀が、貴女たちの動きを見て自信喪失するのを避けるために、俺は大人しく部屋に戻ります」

 

 

 今更織斑姉妹の動きを見たくらいで美紀が自信を失うわけがないのだが、一夏はそれを理由にしてこの場を去っていった。

 

「何だ、せっかくお姉ちゃんの凄いところを一夏に見せてやろうと思っていたのだがな」

 

「だが、確かに四月一日が自信喪失して、代表を辞したりしたらわたしたちの責任にされかねないからな」

 

 

 一夏の背中を見送りながらそう呟いた織斑姉妹だったが、すぐに一夏の背中が見えなくなったのでVTSに意識を向け、高難度を選択して訓練を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってきた美紀は、何故一夏が自分を使ってあの場を離れたのかを聞いた。

 

「一夏さんは、あの場にいたくなかったのですよね?」

 

「やはり美紀は気付くか……碧さんも気づいてたようだがな」

 

「あの場で聞くのは憚られたので大人しく部屋まで来ましたけど、今更織斑姉妹の動きを見て自信を失うなんて思われてるはずもないですし」

 

 

 それだけの訓練を積んできている美紀なので、自分より実力の上の織斑姉妹の動きを見て、自信を失うどころかさらに上を目指そうと思うだろうと一夏も分かっている。

 

「あの場には苦手な相手が三人いたからな。多少慣れてきたとはいえ、織斑姉妹とオータムの気配はどうも苦手でな……美紀を理由にしたのは謝ろう」

 

「いえ、一夏さんが謝る必要は無いですよ。それに気づけなかった私の方こそ、申し訳ありませんでした」

 

「それこそ美紀が謝ることではない。とにかく、あの場からいち早く逃げ出したかったから、無理があったかもしれないが美紀を使わせてもらったんだ」

 

 

 互いに謝り合って、二人は同時に噴き出した。

 

「何だかおかしいですね」

 

「そうだな。時間も中途半端だし、今日はこのまま部屋でのんびりするとするか」

 

「そうですね。一夏さんはまた最近、忙しすぎですから」

 

「丁度いい機会だから、美紀の復習に付き合うとするか」

 

「うっ……」

 

 

 急に勉強の話題になったので、美紀は逃げ出したい衝動に駆られたが、ここで逃げ出してもどうせ試験前に世話になるので、大人しく一夏の世話になることにしたのだった。

 

「美紀は一度理解出来れば問題なく解けるんだから、基礎だけをしっかり確認しておけばいいだろ」

 

「何時も何時も、申し訳ありません」

 

「気にするな。本音に比べれば美紀はやる気もあるし、理解しようと努力してくれるから楽でいい」

 

「本音と比べられたくないですが、自力で試験を受ければ恐らく五十歩百歩の結果でしょうしね……」

 

 

 美紀はある方面ではかなり優秀な頭脳を持っているが、生憎その方面は勉強には関係ないのだ。戦闘や警護といった実戦向きの頭脳なので、計算や献策といった方面は全くの不向きで、学業もこうして一夏や簪にお世話になっているのだ。

 

「早速間違えてるぞ」

 

「うぅ……こればっかりは簪ちゃんが羨ましいです」

 

「簪は簪で、美紀の事を羨んでるようだがな」

 

「簪ちゃんは気にし過ぎなだけだと思いますけどね」

 

「俺もそう言ったんだがな……女子は気になるんだろ? そう言う事」

 

「まぁ、私ももう少し痩せたいとか思ったりはしますけど」

 

「それ以上痩せたら、体力も落ちるかもしれないぞ?」

 

「だからと言って、あまり筋肉質だと、一夏さんに嫌われそうですし……」

 

「別に嫌いにならない。俺は、昔からみんなの事が好きだからな」

 

「少しでも女性として意識してもらいたいんです」

 

「十分してるが。てか、これ以上意識したら、一緒の部屋で生活するのが気まずくなるが、それでもいいのか?」

 

 

 一夏が視線を逸らしながら言うものだから、美紀の方も恥ずかしくなり、大人しく勉強に集中する事にしたのだった。




勉強は大事、でもやっぱり恋する女の子ですね

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