悪友に勉強を教え、その帰りに束からクロエを預かったりと、色々とあった一日が終わり、一夏はベッドでこれからの事を考えていた。
「アメリカが動かなければ、このまま平穏な日々が送れるだろうが、まず間違いなく動くだろうな……アメリカとしては、何としても世界に対しての実権を取り戻したいと思っているだろうし、亡国機業の所為に出来なかった以上、実力行使しかアメリカに残された手段は無いからな……」
「学生である一夏さんが考えるような事ではないと思うんですけどね」
「学生ってだけならそうだろうが、一応更識の当主だからな。考えないわけにはいかないだろ」
それほど大きな声を出していたわけではないが、美紀には一夏の声がはっきりと聞こえていたようで、一夏に声を掛けてきた。彼女としては、あまり一夏に無理をしてほしくないのだが、一夏の立場がそれを許してはくれないのだ。
「学園の方は、織斑姉妹に任せればまず間違いなく守ってくれるだろう」
「大丈夫なのですか?」
「普段は兎も角、実戦であの人たち程頼りになる人はいないだろう。碧さんは学園に残しておくわけにはいかないだろうし」
「前線で指示を出せる人がいなくなっちゃいますからね、碧さんまで後方支援だと」
刀奈や虚でも指示は出せるだろうが、即断即決が出来るかと問われれば首を傾げる部分がある。その点碧であれば、一夏も安心して司令塔を任せる事が出来るのだ。
「私や簪ちゃんも、もしもの時は最前線で戦うつもりですから」
「まぁ、更識所属だけで片づける必要は無いのだが、各国の戦力を集められてもアメリカに対する牽制程度にしかならないという報告が来てるからな……その戦力は敵が漏れ出ないようにカバーする感じに使う事になるだろうから、やはり美紀たちに頼る部分が大きくなるだろうな」
「私たちだけではなく、静寐やエイミィ、香澄も手伝ってくれますよ」
「静寐や香澄は兎も角、エイミィはフランス所属だからな……また文句言ってこないよな?」
「エイミィさんは更識が斡旋して候補生になられましたから、文句など言えませんよ」
「最悪、デュノア社を通じて抗議文書をフランス政府に送り付ければいいか」
「一夏さん、考えが黒いです……」
昔は素直で可愛らしかった一夏が、ここまで黒くなるなんてと、美紀は自分が所属していながら更識という暗部組織が恐ろしくなってきた。
「とりあえず、今は何時動くか分からないアメリカの事で頭を悩ませなきゃいけないんだから、休める時に休むか」
「そうしてください。何があっても一夏さんはお守りしますので」
「いざとなれば、俺だって身を守れるくらいの実力はあるから気にするな」
「一夏さんの場合は、実力云々よりも対人恐怖症であり女性恐怖症、これが問題ですからね」
「申し訳ない……」
そればっかりは治せないと一夏も諦めているので、美紀の指摘に素直に頭を下げるしかなかったのだった。
いきなりルームメイトが出来たので、箒は少し焦っていた。クラスメイトならともかく、その相手は姉が可愛がっている学外の人間だからますます焦ってしまうのだった。
「えっと、クロエさん」
「何でしょうか、箒さん」
「貴女は私の事を必要以上に警戒したりしないんですね」
「束様から貴女の過去の行動などは聞かされておりますが、ISを持たない今の貴女では私に勝てませんから。もちろん、何かあれば全力で抵抗しますし、場合によっては排除します」
箒が見た限り、クロエの身体能力はそこまで高いとは感じられない。良くてラウラと互角か、それ以下ではないかと思っている。それでもクロエは自分を排除出来ると思っているようで、箒は彼女が何か暗器を仕込んでいるのかと疑った。
「ご心配なく。私個人の能力では箒さんに遠く及びません。ですが、このスイッチを押せば一夏さんに連絡が行くようになっていますので、そうなれば一夏さんと織斑姉妹が即座にこの部屋に現れます」
「そう言う事でしたか。ですが、私はクロエさんと仲良くできればと思っていますので、何か脅威になるようなことはしないですよ」
「私も出来る事なら平穏に過ごしたいですから、こちらから仕掛ける事はしません。ですが、皆さんが懸念していらっしゃるのは、私から篠ノ之束という人物の影響を受け、貴女が過去の貴女に戻ってしまうのではないか、という事らしいので」
「そんなことは無いと思いますが……」
箒自身も、完全に無いと言い切るだけの自信が無かった。自分はイレギュラーな存在で、何が起こるか予測出来ないのだと改めて思い直したのだった。
「まぁ、貴女を排除する事になれば、世間的には平和が訪れたという事になるので、問題は無いんでしょうがね」
「随分とストレートに物事を言うんですね」
「そう言った感情には無縁なものでして」
「まぁ、私が今ここにいるのは一夏様のお陰ですので、一夏様に迷惑を掛けるくらいなら自害しますので安心してください」
「何もなければ、私も貴女と友好的に接するのは悪くないと思っています。改めて、よろしくお願いします」
クロエが深々と頭を下げると、箒もつられて頭を下げる。そして同じタイミングで頭を上げたため、バッチリと目が合ってしまったのだった。
「えっと……」
「私はどちらのベッドを使えばいいのでしょうか?」
「あっ、窓側は私が使ってますので、廊下側のベッドを使ってください」
同性相手も緊張した自分に赤面しながら、箒は慌ててそう答えたのだった。
クロエの方は特に何も思って無さそうですけどね