人を預かるのはさすがに独断では進められないので、一夏は一応の責任者である織斑姉妹に相談するために寮長室を訪れた。
「――と、いうわけなのですが、彼女を何処で生活させればいいでしょうか?」
「まてまて! いきなり預かるとか言われても良く分からんぞ! 束の阿呆はいったい何をしでかすつもりなんだ」
「さっき言いましたよね? アメリカの軍事システムに潜り込んでミサイルなどの大量破壊兵器のスイッチを掌握するつもりだと。事情が事情なので、最悪自分が見つかる可能性を考え、娘同然に可愛がっている彼女を守るためにこちらに預けてきたと」
「あの束がそんなヘマをするとは思えないのだが」
「一度乗っ取られている以上、あちらも最大限の警戒をしているでしょうから、束さんとはいえ簡単にはいかないと思ったのでしょう。あの人は何も考えていないようで、色々と考えている人ですから。あまり人には理解されませんがね」
一夏に言われなくても、束と付き合いの長い千冬と千夏は理解している。だがそれでも束がクロエを一夏に預けた意図が良く分からなかったのだ。
「部屋はバカ箒と一緒で良いんじゃないか? 現状、余ってる部屋はそこしかないからな」
「篠ノ之さんの部屋ですか? まぁ、彼女が良いと言えばそこでも良いのですが……」
「なにか問題でもあるのか?」
「実姉である束さんの関係者であるクロエさんと生活させて、彼女に悪影響が出なければいいなと思いまして……」
「あり得そうで怖いな……仕方ない、保健室で生活させるか」
「確かに、あそこなら簡易ではあるがベッドもあるし、冷暖房完備だから問題は無いだろう」
「なんなら、俺の部屋でも構いませんよ。俺は整備室で生活しますから」
一夏の提案に、千冬と千夏だけではなく、美紀も激しい抵抗を見せる。
「一夏さんのベッドを使わせるのは反対です! それだったら、私が一夏さんのベッドで寝ますので、クロエさんは私のベッドで――」
「貴様が使う事も認めん! バカ箒の監視を強めるから、アイツと同じ部屋で問題ないだろ」
「そうだぞ一夏! 良く知らない女に自分の生活空間を明け渡すなど、あってはいけないことだ!」
「そこまで怒鳴らなくても良いでしょ。では、篠ノ之さんに確認を取って、許可してもらえればクロエさんは篠ノ之さんと同室、という事で」
「分かりました、一夏様。私は最悪野宿でも構いませんので」
「それはこちらが構いますから止めてください」
本気で野宿するつもりだとクロエの雰囲気から読み取った一夏は、それだけは何とか阻止しようと心に決めたのだった。
寮長室のすぐ隣にある一室は現在、篠ノ之箒が一人で生活している。元々の篠ノ之箒が問題ばかり起こしていたので、この部屋に移動させられたのだが、今の篠ノ之箒は別に何も悪さをしていない。だがこの場所で生活しているのには、まだ信頼されていないからというのと、スコールとオータムが部屋を使ってしまっているからという理由があるのだ。
そのような理由から、この部屋を訪れる物好きはほとんどいない。だから箒は一度部屋に戻ったら自分から外に出ない限り人と会う事はめったにないのだ。
そんな部屋に今、数人の来客がある。もちろんそれは用事があってからであり、箒も変に浮かれたりはしていない。
「――という事情なのですが、クロエさんと同室になることを承諾してくれますか?」
「その方は、私の姉である篠ノ之束博士が信頼している方なのですよね?」
「あの駄ウサギは『娘』という表現をしていますね」
「駄ウサギ……篠ノ之束博士をそう呼べるのは一夏様だけでしょうね」
「まぁ、そうでしょうね」
一夏の呼称に苦笑いを浮かべた箒に、一夏も苦笑いを返した。だが、次の瞬間にはいつもの表情を読み取れないポーカーフェイスに戻っていた。
「一夏様が彼女と同室になっても問題ないと判断されたのでしたら、私が断る理由はありません」
「そうですか、クロエさんも宜しいですか?」
「はい。よろしくお願いします、箒さん」
「よろしくお願いします……黒江さん?」
「クロエ・クロニクルです」
クロエを黒江だと勘違いしていた箒に、改めて自己紹介をしたクロエ。それで自分の勘違いに気付いた箒は、軽く頭を下げて自分も自己紹介をするべきだと判断したのだった。
「失礼しました、クロエさん。篠ノ之箒と申します」
「存じております。今の貴女も、そして過去の貴女も」
「クロエさんは束さんの側付きとしてここしばらく過ごしていたから、前の篠ノ之さんの事も知っている。その上で同室でも構わないと言ってくれているから、必要以上に畏まる必要は無いので」
「私の事は使用人だと思ってくださって結構ですので」
「いえいえ、そんな風には思えませんよ! 私たちはあくまでも対等な関係ということで」
本来なら自分の方が下なのではないかとは思ったが、へりくだり過ぎると不快感を与えるのではないかと考えて、対等な関係という事で箒は自分の心を無理矢理納得させたのだった。
「対等な関係、ですか……」
「な、何か問題でも?」
「いえ、私のような出来損ないをそのように思ってくださるとは、ありがとうございます」
「で、出来損ない?」
「では、俺はこれで失礼します」
自分の口からは説明出来ないので、一夏は箒が疑問を口にする前に部屋から逃げ出したのだった。
悪い流れにならなければ……