一夏が外出しているため、生徒会室はいつもよりだらけた空気が流れていた。もちろん、仕事はしっかりとしているのだが、どことなくやる気の無さが漂っていた。
「虚ちゃん、こっちは終わったわよ~」
「お疲れ様です。では、こちらの山をお願いします」
「一日や二日でどうしてこんなに仕事が増えるのかしらね」
「現状を考えれば仕方ないと思いますが」
「そもそも、日本政府や職員室で処理するような案件じゃないの、これ?」
「生徒会にではなく、こちらは更識に来ている案件ですから仕方ないのではないでしょうか?」
「めんどくさいわねー」
文句を言いながら、刀奈は書類に目を通して行き、次々と処理済みの書類が増えていく。
「おね~ちゃん、こっちも終わったよ~」
「ご苦労様です。では、本音は試験勉強をしてください。恐らく、簪お嬢様がマドカさんたちに勉強を教えているでしょうから」
「試験って、まだ一月だよ~?」
「貴女は総復習が必要なんですから、今からやっておかなければ間に合いませんよ。直前になって一夏さんに泣きつくのは効率が悪いですから」
「うへぇ~……でも、確かにそうかもしれないね」
生徒会室から逃げ出せるとはいえ、勉強もやりたくないと思っていた本音ではあったが、座学の試験で赤点を取って一夏に怒られるのは避けたいと考えて、素直に簪の許へ向かったのだった。
「本音にも手伝ってもらった方が良かったんじゃない?」
「あの子に機密情報を与えたらどうなるか分かりませんから」
「最近は成長してるっぽいし、少しは大丈夫じゃない?」
「その判断をするのは私たちではなく一夏さんですので」
「そうだけどさ……この量を私と虚ちゃんの二人で片づけるのは大変だと思わない?」
「思ってもやるしかないのですから、文句を言っている暇があるなら手を動かしてください」
「分かってるわよ……」
一夏がいればもう少し――いや、かなり楽が出来ると思いながらも、この場にいない一夏を恨むことは刀奈もしなかった。一夏はあくまでも臨時生徒会役員なのだから、自分たちが処理しなければいけないという事を理解しているからだ。
だが、更識宛の仕事となれば、一夏が処理すべきではないかと思ってしまうのも仕方のない事なので、虚は作業しながら愚痴を垂れる刀奈を注意することなく彼女の愚痴に付き合ったのだった。
大分遅い時間になったので、一夏は悪友二人に課題を渡して、後日ファックスなり郵便なりで送るよう指示して五反田食堂を後にした。
「私もちゃんと勉強しなければ危ないかもしれませんね」
「美紀は理解出来れば問題ないんだから、しっかりと復習しておけば問題ないだろ」
「その時間が取れればいいのですが、国家代表になったために訓練やら呼出やらが多くなりそうですので……」
「国家代表とはいえ学生なのだから、それを理由に断ればいいだろ。もし文句を言ってくるようなら、こちらで対処しよう」
「一夏さんにお願いするのも、ですね……何方かと言えば勉強を見てもらいたいです」
「それくらいなら問題ないだろ。テスト期間中は生徒会の方にも仕事が来ない事になっているから、時間的余裕はあるからな」
「毎回毎回、申し訳ありません」
「美紀だけじゃないからな、泣き付いてくるのは」
マドカとマナカ、本音といった身内から、エイミィや香澄といった更識所属の面々もテスト前に一夏に泣きついてくるのだ。
「簪ちゃんや静寐さんにもお世話になってますけどね」
「あの二人は成績優秀だからな。相手に教える事で自分たちも復習してるのだろう」
「それだけで良い点が取れる頭脳が羨ましいです……」
「恨み言を言ってる暇があるなら、少しずつ復習しておけばいいものを」
「仰る通りです……」
美紀が忙しいのは一夏も承知しているので、これ以上責めるのは止めにして、少し早足でIS学園を目指す事にした。
「最近は襲われる心配がないとはいえ、あんまりゆっくりしていると心配されてしまうからな」
「特に簪ちゃんは心配性ですからね」
アメリカの動きが活発化している今、あまり学園を離れたくなかったのだが、悪友二人に泣きつかれては仕方なかったのだった。
「そう言えば、鈴さんはまだ帰らないと仰られてましたが、何か用事でもあるのでしょうか?」
「さぁな。だが、消灯前には戻ってくるとは思うぞ」
「いくら代表候補生とはいえ、織斑姉妹に逆らう事はしないでしょうしね」
「正当な理由がない場合は、あの二人は容赦しないからな」
「正当な理由があったとしても、容赦し無さそうですけどね……」
「言えてるな」
織斑姉妹ならありえると一夏も思ったのか、笑いながらそう返した。そのタイミングで、一夏は前方に不審者を発見した。
「何している、駄ウサギ」
「その呼び方はあんまり好きじゃないんだけどね……まぁいいや。ちょっと娘を預かってくれないかな?」
「娘? クロエさんとかいう女性ですよね?」
「そうだよー! 束さんはちょっと危ない事をするから、その間クーちゃんを保護しててほしいんだ~」
「危ない事って、何をするつもりなんですか」
「ちょっとアメリカの軍事システムをハッキングして、ミサイルやらをこっちのものにしちまおうと思って」
「いつも通りじゃないですか。それの何処が危ないんですか?」
危険な行為であると理解していない一夏に、美紀は苦笑いを浮かべてツッコミを入れようとしたが、束の方も気にしてなかったのでスルーすることにしたのだった。
「今回はさすがに向こう側も警戒してるから、最悪束さんの居場所を突き止められるかもしれないんだよね。だから、狙われるのは束さん一人で良いって事だよ」
「貴女がそんなヘマするとは思えませんが、彼女の身柄は更識が全力を以てお守りしましょう」
「よろしく~。それじゃあクーちゃん、いっくんのいう事をちゃんと聞くんだよ~」
そう言い残して、束は姿を消した。残されたクロエは、一夏に一礼して彼の後に続くのだった。
人の事を心配する事も出来たんですね……