暗部の一夏君   作:猫林13世

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実の母ではありませんけどね


母の抱擁

 外で待ち合わせたが、良い場所が無く結局五反田食堂にやってきた一夏たちを出迎えたのは、蓮の熱い抱擁だった。

 

「久しぶりね、一夏君。弾と蘭がお世話になってるわね」

 

「いえ……あの、そろそろ離してください」

 

「もうちょっとくらい良いじゃない。私は一夏君の事も息子だと思ってるんだから、これくらい母子のスキンシップよ」

 

「そんなこと言って、母ちゃんは一夏が載ってる雑誌を買い漁ってるくせに」

 

「なにか言ったかい、バカ息子」

 

「いえ、何でもないです……」

 

 

 実の息子に睨みを利かせた蓮は、ようやく一夏を抱きしめていた腕から力を抜き、一夏から距離を取った。

 

「一年くらい会わなかっただけで、随分成長したわね、一夏君」

 

「色濃い一年でしたからね。蓮さんはお変わりなく、若々しく美しいですね」

 

「あらやだ。こんなおばちゃんにお世辞を言ったって、何も出ないわよ」

 

 

 そう言いながら蓮は財布を取り出してお小遣いを渡そうとしたが、一夏はそれを固辞し、奥にいる厳に声を掛ける。

 

「お久しぶりです」

 

「おう。暫くだな」

 

 

 短い挨拶だったが、厳の表情もいつもより柔らかいと弾には思えていた。

 

「じーちゃんがそんな顔するなんてな」

 

「うるせぇぞ、バカ孫が! 留年したらこの家から出てってもらうからな!」

 

「うげっ!?」

 

 

 めったにない厳をからかえるチャンスだと思っていた弾だったが、見事なカウンターを喰らい絶句する。

 

「ほらほら、弾も数馬もせっかく一夏が時間を作ってくれたんだから、しっかり勉強するのね」

 

「お前はどうするんだよ?」

 

「あたし? あたしはアンタたちの横でゲームでもしてるわよ」

 

「ひでぇ女だ」

 

「あたしは問題なく進級出来るし、一夏に教わるほど理解力が低くないもの」

 

「鈴はそろそろ代表昇格の声が上がるんじゃないか?」

 

「あんまり興味は無いけどね」

 

 

 自分たちとは別次元の話に、弾も数馬も口をポカンと開けて固まってしまう。

 

「ほら、アホ面曝してないでさっさと行くわよ」

 

 

 そんな二人に、鈴は結構本気の蹴りを尻に叩き込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾の部屋で勉強を始めて数十分後、勢いよく部屋の扉が開かれ、見覚えのある少女が部屋に入ってきた。

 

「一夏さん、お久しぶりです」

 

「蘭か。文化祭以来か?」

 

「はい! えっ、もしかして四月一日美紀さんですか?」

 

「私の事を知っているんですか?」

 

「知ってるも何も、IS操縦者を目指す女子の憧れですからね。もちろん、更識姉妹もですが」

 

「美紀もかなり知名度が高いんだな」

 

「そうみたいですね」

 

 

 他人事のように話す美紀に、鈴が呆れた視線を向ける。

 

「日本のペア代表の片割れなんだから、もう少し有名人としての自覚を持ちなさいよ」

 

「簪ちゃんや刀奈お姉ちゃんならともかく、私なんか注目されてないと思ってました」

 

「織斑姉妹の後釜なのよ? 注目されないわけないでしょ」

 

「あの駄姉と比べられるなんて、簪と美紀が可哀想だろ」

 

「一夏さん、相変わらず織斑姉妹には厳しいんですね」

 

 

 千冬と千夏の本性をあまり知らない蘭としては、一夏が二人に厳しいのは身内だからだと思っている節がある。だが真実を知る鈴は、蘭の勘違いに苦笑いを浮かべていた。

 

「IS学園の入試もそろそろだが、蘭は問題なさそうだな」

 

「更識企業が発売したポータブル版VTSで訓練してますから」

 

「あれ、すっげー高いんだな」

 

「何だ、買ったのか? 言えば一機くらい融通が利いたのに」

 

「早く言えよ!」

 

「お兄、五月蠅い」

 

 

 蘭に蹴りを入れられ、弾はその場に崩れ落ち涙目になるが、誰も相手にはしなかった。

 

「良いんです。コネで入学できたとか言われたくないので」

 

「IS学園は更識の息がかかってるわけじゃないんだが?」

 

「ですが、実質的には更識が経営していると、陰で噂されていますし」

 

「今の三学年には更識縁者が多いからそう言われても仕方ないが、経営はしていないぞ」

 

「一夏さんが色々と指示を出しているから、そう思われてるのかもしれませんね」

 

「あれは学園長が人に丸投げしてくるからだ。俺が進んで指示を出してるわけじゃないんだが」

 

 

 一夏と美紀の会話を、蘭は驚愕の表情を浮かべながら聞いていた。一夏が更識企業のトップであることは聞いていたが、まさか学園長の代理まで努めているとは知らなかったのだろう。

 

「あのじーさんが指示を出すより、一夏が指示を出した方がいう事を聞くだろうから仕方ないんじゃない?」

 

「学園長に雇われてるんだぞ? 何で俺のいう事の方が聞くんだよ」

 

「だって、あの織斑姉妹だもね」

 

「………」

 

 

 鈴の断言に、一夏は返す言葉を失い力なく肩を落とした。

 

「一夏、これってどういう意味だ?」

 

「お兄、そんな事も分からない? 私でもわかるんだけど」

 

「うっせーな! 俺は一夏に聞いてるんだよ!」

 

「こんなバカが兄だなんて……何で私のお兄は一夏さんじゃなかったんだろう」

 

「蘭、そこまで言ったら弾が可哀想よ。例え本当の事でもね」

 

「慰めるんじゃねぇのかよ!」

 

「何であたしがアンタを慰めなきゃいけないのよ」

 

「ほら、騒がしいと厳さんが飛んでくるぞ。弾、説明してやるから大人しくしろ」

 

 

 三人を落ち着かせて、一夏が説明を始める。その隣では数馬が説明に耳を傾けていたので、同じ個所が分からなかったのかと、鈴は呆れた表情を浮かべてゲームに戻るのだった。




知名度で言えば、美紀も十分人外たちと張り合えますね

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