暗部の一夏君   作:猫林13世

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これくらいなら、問題ないでしょうね


ちょっとした贅沢

 一夏が整備室で作業をしているのと同じ時間帯、生徒会室は刀奈と虚、そして本音の三人が忙しなく書類を片付けていた。

 

「これはもう終わってるわね。本音、そっちは?」

 

「あと少しです」

 

「虚ちゃんの方は?」

 

「私は終わりました」

 

「さすがね。他に処理してない書類は無いわよね?」

 

「そうですね。今日は比較的少なかったので、後は本音が処理してる分で終わりです」

 

 

 少ない、と言っても刀奈や虚の基準なので、本音からしてみればかなりの量があったと思っている。だが、それでも文句を言わずに作業を進めているのは、自分だけ明らかに少ない量にしてもらっていると分かっているからだ。

 

「終わりました」

 

「それじゃあ、今日のお仕事はこれで終わりね。お疲れ様」

 

「お疲れ様でした。お茶の用意をしますね」

 

「ほえ~、お疲れ様でした~」

 

 

 一夏がいればもっと早く終わっていただろうが、一夏に頼らずとも終わらせることが出来ると証明する為にも、ここ最近刀奈と本音は頑張って生徒会の作業をしているのだ。

 

「お嬢様も本音も、ようやく生徒会役員らしくなってきましたね」

 

「私はちょっと一夏君に頼ってただけで、ちゃんと生徒会役員をやってたわよ?」

 

「お嬢様は役員ではなく会長なのですから、これくらいしてくれないと困るはずだったんですけどね。一夏さんが優秀だったから、お嬢様がサボってもあまり問題が無かっただけなんですから」

 

「分かってるわよ! ここ最近一夏君がまた忙しくなってきたから、こうやって頑張ってるんじゃない」

 

「あまり胸を張って言える事ではありませんけどね、お嬢様の場合は」

 

 

 これが当然だと言外に告げて来る虚から視線を逸らして、刀奈は本音に話しかける。

 

「本音だって、本来なら一夏君より働いてなきゃいけなかったんだからね」

 

「分かってますよ~。でも、セッシーやラウラウたちとの訓練に参加したり、シズシズやカスミンたちの戦力の底上げを任されたりと、私だって色々あったんですから~」

 

「何もない日は、食堂でお菓子を食べてだらだらしてたって報告が上がってるのですがね」

 

「せっかくの休みはそう言う事をしなきゃダメでしょ~?」

 

「生徒会の業務は、休みなくあったのですけど?」

 

「まぁまぁ、そんなに怒ると、眉間の皺が取れなくなっちゃうよ~?」

 

「誰の所為でこんなに怒らなければいけないと思ってるのですか!」

 

 

 本音が無邪気に地雷を踏み抜いたのを見て、刀奈は思わず合掌をしてしまった。

 

「お嬢様、その行為の意味は何でしょうか?」

 

「へっ? 特に意味なんて無いわよ?」

 

 

 怒りの矛先が自分にむきそうになったので、刀奈は慌てて話題を逸らす事にした。

 

「生徒会の仕事もそうだけど、本音は少しサボり過ぎよ。更識の仕事だってあるんだから」

 

「私はいっちーの護衛ですから、いっちーの傍にいればそれで仕事をしてる事になるんですよ~」

 

「殆ど碧さんと美紀ちゃんに任せてるじゃない。本音が護衛だったのって、一夏君が中学生の頃のほんの少しの間だけじゃないの?」

 

「今でもちゃんと護衛として働いてますよ~。いっちーがいる整備室に他の人を案内するのは、私の事が多いんですから~」

 

「それは護衛じゃなくて案内役なんじゃない?」

 

 

 刀奈の疑問に、本音は特に気にした様子は見せなかったが、少し考える素振りはしていた。

 

「とりあえず、本音はもう少し頑張ること」

 

「お嬢様も、人の事を言える立場ではないんですけどね」

 

 

 そう言って虚は二人の前にお茶を差し出す。一夏程ではないが、虚が淹れてくれる紅茶は最高に美味しいと刀奈は思っているので、怒られた事など気にせずに紅茶に手を付けた。

 

「やっぱり紅茶は虚ちゃんに淹れてもらうのが一番ね」

 

「一夏さんの方が美味しいとは思いますけどね」

 

「一夏君のとは違った美味しさがあるから、虚ちゃんのは虚ちゃんのでいいのよ」

 

「他の家事は兎も角、お茶を淹れるのだけは上手だからね、おね~ちゃんは」

 

 

 またしても無邪気に地雷を踏み抜いた本音ではあったが、さすがに何度も同じネタで怒るほど虚も子供ではない。だが、浮かべている笑顔がどことなく怖いと、刀奈は思えてならなかった。

 

「一夏さんが作り置きしてくださったクッキーがありますけど、本音はいらないようですね」

 

「ほえっ!? いっちーのクッキーは欲しいよ~!」

 

「虚ちゃん、やっぱり怒ってるじゃない……」

 

「何か言いましたか?」

 

「ううん、何も言ってないわよ。それより、一夏君のクッキーなんてどこにあったのよ」

 

「お嬢様や本音に教えると全部食べてしまう恐れがあるという事で、一夏さんが私に手渡してくれたんですよ。生徒会の作業が終わったら摘まめる分しか作ってないと言って」

 

「さすが一夏君、抜け目ないわね」

 

 

 ここに簪や美紀がいたら分け前が減ってしまうので、このタイミングで虚が出してきたというのは刀奈にも本音にも理解出来た。

 

「簪お嬢様や美紀さんには、別の形で渡してるのかもしれませんけどね」

 

「一夏君ならありえそうよね」

 

「それより、早くいっちーのクッキーを頂戴よ~」

 

「はいはい、今用意しますね」

 

 

 これくらいの贅沢は良いだろうと虚も思っているので、一夏のクッキーを皿にのせてちょっとしたティータイムを楽しむことにしたのだった。




本音も刀奈も真面目になってきたなぁ……

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