約束はしていたが、忙しくなってしまいなかなか実行出来なかった料理を、一夏は今日する事にした。材料は既に揃えてあったので、後は調理するだけだったのだが、アメリカが余計な事をした所為で今日まで先延ばしになっていたのだ。
「漸く一夏君が作ってくれたデザートが食べられるのね」
「ここ最近、急に忙しくなりましたからね」
「お姉ちゃんも本音も働いているのに、一夏が忙しいだもんね。本当に余計な事をしてるよ、アメリカは」
「ティナの移籍話もまとまったから、後はアメリカから籍を抜けば、完全にアメリカとは縁が切れると思っていたんだがな……」
「そう言えば、ティナは何処の国に移籍したの?」
「なんだ、聞いてなかったのか?」
意外そうな顔で尋ねる一夏に、本音は大きく頷いてみせた。
「どうせいっちーが教えてくれると思ってたからね~」
「何だそれは……まぁいいか。ティナはイスラエルに移籍した。技術力を考えれば当然だがな」
「イスラエルなら、更識傘下の企業がありますからね。技術力だけではなく、経済力も問題ありません」
「利益の四割は国に寄付する形で援助してるからな。そのうちナターシャさんの銀の福音も表に出せる日が来るだろうな」
今はまだ権利がアメリカにも残っているので表には出せていないが、全て片付けばナターシャも軍人として表舞台に出る事が可能になる。もちろん、このままIS学園に留まり、教師として働くのも可能だ。
「兄さま、何かお手伝いする事はありますか?」
「いや、大丈夫だ。マドカは大人しく待っててくれ」
「分かりました」
一夏の役に立ちたい一心から申し出たマドカではあるが、一夏にやんわりと断られ大人しく腰を下ろした。
「マドマドも今日は大人しくいっちーにもてなされた方が良いって」
「そうですよ。せっかく一夏さんが時間を作ってくれたのですから、私たちが余計な事をする必要はありませんよ」
「そう…ですね……せっかく兄さまが私たちの為に用意してくださるのですから、大人しく待っている事にします」
「そもそも、私やマドカが手伝ったところで、お兄ちゃんの邪魔にしかならないと思うけどね」
「それは考えないようにしていたのに……」
自分の料理の腕が壊滅的なのを自覚しながらも、何とかして一夏の役に立とうとしたマドカの気持ちを無視した言葉に、彼女はしょんぼりと俯いてしまった。
「マナマナ、今のは全員が分かってても黙ってたのに~」
「本音、それがトドメになってる」
「ほえ?」
本音の言葉に更なるダメージを負ったマドカが、その場に崩れ落ちた。それを見た本音は、何故マドカが崩れ落ちたのか分からないという表情で首を傾げたのだった。
調理室から甘い匂いが漂って来ているのを、織斑姉妹は獣並みの嗅覚で感じ取っていた。
「これは、一夏が作るお菓子の匂いだな」
「いったい誰に作っているのだ?」
匂いにつられるように調理室にやってきた織斑姉妹が見たものは、一夏が作ったお菓子を美味しそうに食べている更識所属の面々だった。
「何故小鳥遊まであそこにいるんだ?」
「小鳥遊が大丈夫なら、わたしたちが加わっても問題ないはずだな!」
相変わらずの超理論を振りかざして仲間に加わろうとした織斑姉妹の背後から、良く知っている気配が声を掛けてきた。
「そんなわけないでしょうが」
「一夏か……相変わらず見事な隠形だな」
「それで、何故小鳥遊は良くて、わたしたちがダメなんだ?」
「あれはちょっとした勝負で、俺が負けたから作ったんです。勝負に参加していない貴女たちが食べる分はありませんよ」
「賭け事とは感心しないな。黙っててほしければ、私たちの分も用意しろ」
「教師が生徒を脅す方がどうかと思いますがね。それに、賭け事と言っても金品を賭けたわけでもありませんし、ちょっとしたお遊びで片付きますから」
一夏の言葉に反論しようとしたが、言葉が見つからなかった二人は、正直に一夏に頭を下げた。
「私たちも一夏が作ったお菓子が食べたい」
「この通りだ。作ってくれ!」
「そう言えば、俺たちが旅行に出かけてた間、篠ノ之さんの監視を頼んでましたね」
「そうだ! その報酬として――」
「必要以上に怯えさせてたそうですが、どのような考えでそのような事をしていたのでしょうか?」
織斑姉妹は逃げ出そうとしたが、背後には碧が待ち構えているのを見て、大人しく事情を説明する事にした。
「疑っている事を自覚させておけば、大人しくするだろうと思ってな」
「篠ノ之さんだけなら別に俺もここまで怒りませんよ。ですが、静寐や鈴から苦情メールが着たんですよね。その辺りはどう弁明するつもりですか?」
「加減はしたぞ! だが、どうしても篠ノ之を見ていると殺意が……」
「そんなんだから、貴女方は今一つ信用されないんですよ。褒美云々はそれと差し引いて後日用意しますので、今日のところは大人しく寮長室にお戻りください」
有無を言わせぬ態度に、織斑姉妹は大人しく寮長室に引き返した。それを見送った碧は、一夏に対して苦笑いを浮かべていた。
「どっちが年上だか分からない貫禄ですね」
「そんなもの、欲しくありませんがね」
対する一夏も、苦笑いを浮かべながらそう答えて、調理室の中へと戻っていくのだった。
お仕置きもご褒美になりそうだな……