模擬戦を終え、一夏はピットに戻り軽くシャワーで汗を流してからアリーナに戻った。タイミング的に美紀たちと同じだったのは、一夏が軽く闇鴉のメンテナンスをしてから戻ってきたからである。
「さすがいっちーだね~。まさか他のメンバーがやられちゃうとは思ってなかったよ~」
「お前や美紀が、他のメンバーがやられるまで動かなかったからだろ。二人が動いてたら、さすがにここまで倒す事は出来なかっただろうし」
「やっぱりバレてました? 分からないように動いてたつもりだったんですが」
「俺は付き合いが長いからすぐわかる。誰が二人のデータを管理してると思ってるんだ」
笑みを浮かべながら二人の手抜きを見抜いた理由を告げる一夏に対して、美紀と本音は苦笑いを浮かべながら頭を下げた。
「やっぱり一夏さんを欺くのは無理でしたね」
「バレないと思ったんだけどな~」
「とりあえず、他のメンバーのISも後でチェックするから、昼休みにでも整備室に来てくれ。セシリアやラウラの機体も、チェックだけなら出来るだろうし」
さすがに他国の候補生――正確には更識所属ではない候補生のISまでメンテナンスするのは、さすがの一夏でも避けていた。余計な軋轢を生みたくないという事と同時に、ウチの国の候補生のISもメンテナンスしてくれという要望を出させないためだ。
「ご苦労だったな」
「お前たちの模擬戦のお陰で、他のメンバーがどれほど努力した方が良いかが理解出来ただろうしな」
「そんな理由で、こんな理不尽な振り分けで模擬戦をさせられたんですか? それだったら貴女たちと碧さんとでも模擬戦をすればよかっただけじゃないですかね? 仮にも、元世界最強なんですから」
「そんなことを言ったら、小鳥遊が泣くぞ?」
「アンタらに言ってるんだよ」
こめかみをぴくつかせながら睨みつける一夏に対し、織斑姉妹はそそくさとこの場を去っていったのだった。
一夏に来るように言われたので、美紀たちは昼休みに整備室を訪れていた。美紀と本音は結構頻繁に訪れる場所ではあるが、静寐や香澄、シャルといった更識所属の面々でさえ緊張するのだから、セシリアやラウラがガチガチに緊張しているのは仕方のない事なのかもしれない。
「別に秘密兵器が置いてあるわけじゃないんだし、そんなに緊張しなくても良いと思うんだけどな~」
「一夏さんが個人的に使ってる空間ですから、緊張してしまうのは仕方ないと思うけどね」
まったく緊張感のない本音と、多少同情的ながらも緊張している様子が感じられない美紀を、セシリアは恨みがましい目で睨んでいた。
「お二人は慣れているかもしれませんが、一夏さんが使っている空間に入り込むのは、かなり緊張するんですわよ」
「まぁ、セシリアの言い分は私にも分かるけど、さすがに緊張し過ぎじゃない?」
「鷹月さんは多少慣れているから分からないのですわよ! 一夏さんの部屋を訪れるのさえ、特別な許可が無ければ入れないのですから、それに準じる空間である整備室を訪れて良いというのは、相当凄い事なのですわよ」
「一夏君の部屋に入れないのは、一夏君が対人恐怖症であり女性恐怖症だからでしょ? まぁ、必要以上に織斑姉妹が目を光らせているってのもあるんだけども」
「わ、私は明日の朝日を拝むことが出来るのだろうか」
「ラウラ、緊張し過ぎだって。一夏がラウラに何かするわけないでしょ」
「お兄ちゃんは何もしてこないだろうが、織斑教官たちに何を言われるか分からないぞ……最悪、軍隊式の罰則が……」
「ら、ラウラ? 震え方が尋常じゃないんだけど?」
織斑姉妹の罰がそれほどまでに恐ろしいものなのかと、ラウラの震え方から理解したシャルは、下手な事はしないようにしようと心に決めたのであった。
「おーい、いっちー! みんなを連れてきたよ~」
「遅かったな。……? 何でシャルとラウラは震えてるんだ?」
「な、何でもないよ、何でも……アハハ」
不自然な態度のシャルに、一夏は首を傾げたが、すぐに考えても分からないと判断して整備室の中に全員を案内する事にした。
「ここが、一夏さんが使っていらっしゃる整備室の中なのですね……存外普通でびっくりしましたわ」
「セシリアはいったい何を想像していたんだ」
「いえ……一般の生徒が立ち入ることが出来ない場所ですから、何かとてつもないものが置いてあるのだと思っていました」
「別に立ち入り禁止にしてるわけじゃない。邪魔をされたくないから、特殊な鍵を掛けているだけだ」
「いっちー、それって立ち入り禁止とあんまり変わらないと思うよ~」
「そうか? まぁ、本音みたいに遊びに来て邪魔をするようなヤツを入れないためにしてるんだがな」
「それは初耳だよ~。美紀ちゃんは知ってた~?」
「当然でしょ。これでも一夏さんの護衛なんだから」
「私も護衛なんだけどな~」
それだけ信頼度が違うのかと、静寐は苦笑いを浮かべたが、他のメンバーは一夏が使っている整備室に興味津々のようで、今の会話は耳に入っていないようだった。
「昼休み中には終わらせるから、それまではテキトーに寛いでてくれ。美紀、お茶でも淹れてやってくれ」
「かしこまりました」
全員からISを預かった一夏は、すぐに集中してしまいメンバーを視界に捉えることは無かった。美紀が用意したお茶を飲みながら、静寐たちは緊張した面持ちで一夏の作業を眺めていたのだった。
緊張するのも仕方ないかな……