理不尽な条件での模擬戦をすることになってしまった一夏は、一人ピットでため息を吐いていた。
「一夏さん、ため息とは珍しいですね」
「そうか? しょっちゅう吐いていると思うんだが」
「まぁ、ため息の種類が違うとでも思ってください。授業で一夏さんがため息を吐いている事が珍しいと思ったのですよ」
「殆ど参加してないからな」
「学生のセリフとは思えませんね……」
確かに一夏はここ最近忙しく授業に参加してなかった事は闇鴉も知っている。だがそれでもそう思ってしまうのは避けられなかった。
「美紀や本音だけでも大変だって言うのに、静寐や香澄、セシリアにラウラ、更にはシャルまで相手にしなければならないなんて、ため息くらい吐きたくなるだろ」
「マドカさんやマナカさんを外してくれただけ十分ではありませんか?」
「単純に忘れただけだろ、あの姉妹はそういうところがあるからな」
「まぁ、否定はしませんが」
闇鴉も織斑姉妹の人となりはそれなりに理解しているので、一夏の言葉を否定するだけの自信が無かった。
「とりあえず何分耐えられるかが問題だな……香澄が相手にいる時点で、こちらの動きはすべて知られているのと同じだからな……加えて、本音の野生の勘もバカに出来ない」
「勝たなくていいんですから、そこまで深く考えなくても宜しいのではありませんか?」
「お前がダメージを負うのを最小限にとどめておきたいんだよ。整備する時間だってあるんだ。そんな余裕が何処にある」
「まぁ、アメリカの動き次第でどうとでもなるでしょうが、あまり楽観視は出来ない状況なのは確かですね」
一夏が何を気にしていたのか理解した闇鴉は、出来るだけフォローを頑張ろうと心に決めたのだった。
一夏がピットで頭を悩ませているのと、時を同じくして反対側のピットでは、美紀がこの模擬戦の意味を考えていたのだった。
「美紀ちゃん、難しい顔してどうしたの~?」
「わざわざこのタイミングで一夏さんの回避能力を見せつける必要が何処にあるのかと思って」
「織斑姉妹がいっちーのカッコいいところを見たかっただけじゃないの?」
「そんな理由だったら、一夏さんが見破って断ると思うんだよね」
「それじゃあ、さっき言ってた通り、万が一に備えて回避行動の重要さを再認識させるため?」
「それなら、こんな多人数で一夏さんに襲いかからなくても、一対一で十分な気もするけど」
美紀が引っ掛かっていたのは、まさにそこだった。確かに多人数に襲われる可能性は低いながらも存在する。だがこちら側が一人で行動してる可能性は、殆どゼロに等しい確率しかないのだ。
「学園内にいる限りは、一人きりという事は無いだろうし……」
「まぁ、常に更識の人間が周辺に目を光らせてるし、いっちーや碧さんの気配察知を掻い潜って襲ってこられるような敵がいるとも思えないしね」
「だから余計に分からないのよね……この模擬戦の意味が」
「あまり深く考えずに、授業の一環だと割り切ったら? たぶん、一夏君もそう割り切って引き受けたんだと思うけど」
「そうでしょうかね……」
会話に入ってきた静寐の言葉に、美紀はイマイチ納得出来ない表情で首を傾げる。
「それだけの理由でしたら、一夏さんじゃなくても他の人が回避して見せればいいだけだと思いますけど。例えば本音でも、それなりに回避は出来ますし」
「いっちー程ではないけどね~」
「同じように、香澄さんの未来視を使えば、本音と同等くらいには回避出来たでしょうし……一夏さんが回避行動を見せる理由が私には良く分からないのです」
「そう言われれば、確かに一夏君である必要は無いわね……代表の美紀さん対私たちでも十分に成立するわね」
「一夏さんなら、織斑姉妹の真意も理解しているのかもしれませんが、私にはさっぱりわかりません」
力なく首を振る美紀に、静寐もこの模擬戦の意図はいったい何なのかと気になり始めた。
「プライベート・チャネルで一夏君に聞いてみましょうか?」
「いえ、恐らく一夏さんは今精神を集中させている頃でしょうから、呼びかけに答えてくれるかどうか分かりません。ましてやこんなことで一夏さんの邪魔をしたくありませんし……終わってから一夏さんに聞けば十分だと思います」
「そうかもしれないけど……気になって全力を出せなかったとかじゃ、後で怒られるかもしれないじゃない?」
「そんな事で一夏さんは怒ったりしませんが」
「いや、織斑姉妹に……」
静寐が何を心配しているのかが理解出来た美紀は、苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
「何かあれば、一夏さんが何とかしてくれると思いますよ。まぁ、一夏さんに頼りっきりなのは忍びないですがね」
「いっちーしか織斑姉妹に勝てないんだから仕方ないってば。美紀ちゃんが気にする事じゃないよ」
「分かってはいるんだけどね……他の事もそうですが、私たちは最終的には一夏さんがいるから、そう考えてしまってる気がするんですよ」
美紀の言葉に、さすがの本音も反論出来ずに固まってしまった、確かに自分の中にもそういう考えがあるのを否定出来なかったのだ。
「一夏さんを守らなければならない私たちが、最終的には一夏さん頼みなのはいけないと思う」
「そう…だね……いっちーに頼り過ぎるのは駄目かもね……」
重苦しい空気を醸し出した二人に、静寐は掛ける言葉が見つからなかったのだった。
本音もちゃんと一夏の事を心配してるんです