一夏がISを動かせる事が判明して暫くが経った。世間には公表出来ない事なので、この事も更識内での公然の秘密扱いになっていた。その結果ではないが、刀奈の訓練相手は一夏と虚が交互にしていた。
「いやー、虚ちゃんも強いけど一夏君もなかなかやるわね~」
「……素人相手に本気出さないでくださいよ。こっちは体力は平均並みなんですから……」
頭脳労働が主な一夏にとって、ISを纏っての戦闘はかなりの重労働だ。
「ISを纏って動きまわれる刀奈さんたちが凄いと思いましたよ……これは、研究所に引き籠ってたら分からなかったでしょうね」
「これからは一夏君も身体を鍛えた方が良いんじゃない?」
「……最低限鍛えてたつもりだったんですがね」
操縦者として活躍するつもりの無かった一夏は、本当に最低限にしかトレーニングは積んでいなかった。それでも、生身相手ならそこそこ戦えるくらいには鍛えていたのだが、やはりISを操縦するとなるとそれ以上にトレーニングを積む必要があるのだ。
「自分の機体を造っちゃえば? 軽量化とか、より負荷が掛からないようにとか一夏君なら出来るでしょ?」
「ただ専用機になると、肌身離さず持ってなければいけなくなりますし……」
「外せるんだから、外に出る時は置いておけば?」
「それだと機体が拗ねちゃいますよ……ISとの関係を悪化させるのは得策ではありませんし」
ISも一夏の境遇は理解しているので、心配する必要はあまり無いのだ。だが、やはり専用機ともなると話は違ってくる。個人に所有される専用機は、出来る限りその所有者と一緒にいたいと願うものであり、一夏が言うように肌身離さず持っているのが一番なのだ。
「やはりもう少し鍛えなきゃダメですね」
「ファイト♪」
「……楽しんでますね」
「そんな事無いわよ~?」
「はぁ……それじゃあ俺は仕事がありますので」
「はいはーい。お仕事、頑張ってね」
刀奈との訓練を終えた一夏は、楯無の顔になり屋敷の中へと姿を消した。そんな一夏の背中を寂しそうに見送ってから、刀奈は背後にいる少女に声を掛けた。
「美紀ちゃんは何を心配してたのかな~?」
「ッ!? い、いえ! 私は一夏さんの護衛として……」
「さすがに、元当主の娘と一緒の時は護衛の必要は無いんじゃないかしら? ISで襲われる事も無いだろうし、もしあったとしても私は専用機を持ってるんだから」
「いえ……刀奈お姉ちゃんが一夏さんを襲う可能性があると……」
「何それ!? 誰よ、そんな事言ったのは!」
襲うの意味が変わっている事に気がついた刀奈は、顔を赤く染め上げながら叫んだ。さっきまで感じていた寂しさは何処かへ飛んでいき、刀奈の心の中は怒りで埋まっていたのだった。
あっという間に時は流れ、そろそろ一夏たちの卒業式が近づいて来ていた。一夏もそれなりに鍛え始めたので、最近では護衛も前より数を減らし、距離も離れている。
「やーやー! 久しぶりだね、いっくん」
「……篠ノ之束博士、ですよね」
「やだなー、そんな他人行儀な話し方しちゃって! 昔みたいに『束さん』で良いよー」
「……良いんですか? 世界的に追われている貴女が、こんな場所に姿を現して」
一夏たちの現在地は普通の住宅街。誰かの目に留まる確率はかなり高いはずなのに、束は余裕の笑みを浮かべていた。
「問題なーし! 不可視フィールドと遮音フィールドを同時展開してるから、束さんの姿はいっくんにしか見えないんだよ~!」
「……それで、そこまでして俺に会いに来た理由は何ですか? 生憎ですが、俺には貴女の記憶もありませんので」
「知ってるよー! でも、ちーちゃんやなっちゃんみたいに絶望はしないから安心して良いよ」
「別に心配してませんが」
「もー! いっくんはクールだね~、うりうり」
音も無く一夏の背後に周り、その豊満な胸に一夏の頭を押し付ける束。一夏は不快感を露わにして束の拘束から擦りぬけた。
「およ? さすがに鍛えてるだけあってこれくらいなら抜け出せるんだ~」
「バカにしに来たんですか?」
「いやいや、いっくんがISを動かせる事、ISを造れる事、コアを造れる事、どれが世間に知られても大変だなーっと思ってさ」
「……何処で知った」
「いや~ん! その目、カッコよすぎだよ、いっくん!」
「………」
急に身悶えた束に、一夏は呆れた視線を向ける。つい先ほど危険人物だと再確認した相手を、別の意味で危険人物だと一夏は認識した。
「束さんはいっくんの事なら何でも知ってるよー。ISの研究状況から今日のパンツまで」
「それで? 貴女は何をしに、何が目的で俺に近づいたんですか?」
「目的はいっくんとお話したかっただけだけど、もっと注意した方が良いよ、って警告に」
「警告?」
急に真面目は表情になった束につられるように、一夏の表情も引き締まった。大人と子供、の差はあるのだろうが、この二人に関してだけ言えばさほど差は感じられなかった。
「世界はIS先進国である日本を……もっと言えば最先端技術を持っている更識企業を妬んでる。もしその全てがいっくん一人の成果だと知られれば、間違いなくいっくんは再び攫われる危険が高い。だから、あんなしょぼい護衛じゃなく、もっとしっかりとした人を護衛に付けた方が良いよ。昔の小鳥遊とかいうヤツみたいに」
「ご忠告感謝致します。ですが、貴女が口を滑らせなければ『私』の秘密が外部に漏れる事はありません」
「おーおー! 当主モードだー! 大丈夫、当分は黙っててあげるから」
「当分?」
「いっくん成分が束さんの中に残ってる間だよ~」
「……なんですか、その成分は」
謎の言葉を残して消えた束に、一夏は盛大なため息を吐きながら呟いた。現れた時も消えた時も全く気配を掴ませない束に、一夏は警戒心を高める事を決意したのだった。
あくまで、一夏の事だけですがね……