束からの報告を受けた一夏の動きは迅速だった。すぐにアメリカに対する監視を強め、情報を共有した方が良い相手を部屋に呼び、今後の対策を練ることにした。
「まさかアメリカがそんなことを考えているとは……カナダで視た限りでは、大人しそうな雰囲気でしたのに」
「危険思想を抱いているのは、ごく一部なのでしょうね。その他大勢は大人しく裁かれるのを待っているわけではないでしょうが、過激な行動に出ようとはしていないようですし」
「一夏君は、こちらから仕掛けるつもりは無いのよね?」
「先にこちらが動けば、侵略と言われかねませんからね。もちろん、そんなことを思うような輩がいるとは思えませんが、無駄な隙をアメリカに見せるわけにも行きませんし」
「一夏、私たちは特にすることは無いんだよね?」
「今のところは、大っぴらに活動していないようだからな。簪や美紀は訓練に集中してくれて構わない。もちろん、何かあればすぐに知らせるが」
部屋に集まった碧、虚、刀奈、簪に視線を向け、最後の一人である美紀に頷いてみせる一夏。マドカやマナカを呼ばなかったのは、織斑姉妹から話が行くだろうと思っているのと、マナカが必要以上にヒートアップするのを避けるためである。
「ところで一夏さん、本音は呼ばなくて良かったのですか?」
「アイツに情報を与えるとろくなことになりかねない。そもそも、篠ノ之さんとの闘いの最中に余計な事を考えていた事に対する説教がまだ済んでないからな」
「一応相手の実力を把握しようとはしてたらしいけどね」
「まぁ、とりあえずはアメリカの行動を気にする程度で構いません。何もなければそれでいいのですが、何かあった時には手伝ってもらう事になると思いますので」
「当然よ! 一夏君に危険が及ばないようにするのが私たちの最重要課題だもの。虚ちゃんも簪ちゃんも分かってるわよね?」
「お姉ちゃんに言われるまでもない。一夏の事は私たちが守る」
「守ってもらう程危なっかしいわけじゃないと思うんだがな……」
「一夏さんの事を、それだけ大切に思っているという事ですよ」
苦笑いを浮かべながら頭を掻く一夏に、虚が微笑みながらそう告げる。その言葉に刀奈や簪、美紀も力強く頷いてみせたのだった。
「とりあえず一夏君を一人にしない方が安全よね。部屋は美紀ちゃんが一緒にいるからいいけど、誰か一人は絶対に護衛につける事。いいわね?」
「その点は問題ありません。一夏さんの護衛は私がしっかりと勤め上げますので」
「碧さんなら安心だけど、碧さんにも別の仕事があるわけだし……とりあえずは交代で一夏君の護衛をを務めるという事で」
「じゃあ、三人の誰かが美紀や碧さんと一緒に一夏を守るということで」
一応の結論が出たので、一夏はホッと一息を吐いてから更識からの報告メールを開いた。
「束さんからの報告通り、一部危険思想を抱いたアメリカ政府の人間が武装しているとの報告が来ました。ですけど、今のところ危険度は低いそうです」
「まぁ、すぐに仕掛けてくるようなおバカさんたちじゃないって事ね。ところで一夏君、例の賭けの事は覚えてるわよね?」
「それどころではないと思うのですが?」
「今のところは警戒するまでもないのだから、良いんじゃないかな?」
先ほどまでのまともな雰囲気から一変し、刀奈は甘えるような声で一夏に詰め寄る。
「分かりましたよ。さすがに今日は無理ですが、明日なら時間的にも肉体的にも少しは余裕がありますからね。お菓子でいいんですよね?」
「本当ならお弁当とか頼みたいけど、私たち全員分となると大変だもんね。それで構わないわよ」
「お手伝いしたいところですが、私では足手纏いにしかなりませんから」
「気にしなくても大丈夫ですよ。それじゃあ、今日の内に材料を揃えておいた方がよさそうですね……碧さん、ちょっと買い出しに付き合ってもらえますか?」
「もちろんです。一夏さんの護衛が、私の任務の中でも最重要指定されていますから」
「そんなこと、誰がしたんですか?」
「先代の楯無様です」
「お父さん、そんなことしてたんだ」
初めて聞かされた父親の言動に、刀奈と簪は少し驚いた表情を浮かべた。少しだけしか驚かなかったのは、それだけ父親が一夏の事を大事に想っていたのを知っていたからだ。
「碧さんほどの実力者を俺の護衛なんかに縛り付けるのは更識にとってマイナスだと思うんですが」
「そんなことありませんよ。むしろ、一夏さんを失ってしまった方が大きなマイナスなのですから、私が一夏さんの傍から離れられないなど、些細な事です」
「碧さんからしたら、一夏君の傍にいられるのは嬉しい事じゃないの?」
「お嬢様じゃないんですから、公私混同はしないと思いますけど」
「それってどういう意味よ!」
「碧さんはお姉ちゃんと違って立派、って事だよ」
「簪ちゃんまでそんなこと言うの!? 一夏君、二人が苛める!」
「そう思われたくないのでしたら、もっとしっかりとしてください」
「頑張ってるじゃないのよ!」
結局いつも通りグダグダになった空気に、一夏と碧は苦笑いを浮かべながらも、この空気でいられることに安心感を覚えたのだった。
刀奈も頑張ってるんですけどね……