目を覚ました一夏は、部屋に誰の気配もない事に気付き、美紀に連絡を入れた。
『どうかなさいましたか?』
「いや、ゆっくり休めたから戻って来ても構わないぞ。おぼろげにだが、簪と部屋にいたような気は掴んでたから、気を遣わせてしまったな」
『いえ、一夏さんがゆっくり休めたのでしたら、私たちもそれで満足ですから。では、これから部屋に戻りますね』
「織斑姉妹には、事情を話せば納得してもらえるだろうから心配するな」
『大丈夫ですよ。まだ消灯時間ではありませんから』
美紀に言われ、一夏は時計を確認した。確かにまだ消灯時間どころか、夕飯の時間にも早い時間だった。
「時差ボケか……さすがにあのスケジュールは無理があったな……」
『お疲れですね。今夜もゆっくりお休みになってくださいね』
「そうした方が良いんだろうがな……」
まだ片付いていない仕事の量を思い浮かべ、一夏はため息交じりにそう呟いて電話を切った。
「それで、何か用事なんですか?」
「さすがはいっくん。この装置でも気配に気付いちゃうんだ~」
何もなかった空間から束が現れ、満面の笑みで一夏に飛びつこうとしたが、一夏が疲れているのを見て自重した。
「距離があれば気づきませんでしたが、近づかれたら気づきますよ」
「最初は気づかれてなかったもんね。あそこがギリギリか……」
「何をするつもりかは知りませんが、万全なら部屋にいた時点で気づきますから」
「残念だな~……」
「それで、まさか遊びに来たなんて言いませんよね?」
「少しはお喋りに付き合ってくれても良いんじゃないかな~?」
「そんな暇はありません」
取り付く島もない態度の一夏に、束は小さくため息を吐いてから本題に入った。
「ちーちゃんとなっちゃんにも伝えてほしいんだけど、アメリカが何だかきな臭い動きを見せてるんだよね」
「あそこにはコアもありませんし、そこまで警戒する必要がありますかね?」
「何も武装はISだけじゃないんだよ? ミサイルとか機関銃とか、物理的に危険なものはあの国にいっぱいあるからね」
束の言葉に、一夏は納得したように頷き、続きを促した。
「いっくんたちがアメリカに対する制裁を決定した後から密かに動き出したっぽいけど、この束さんの目は誤魔化せないんだよ~」
「まだ自業自得だと分かっていないようですね」
「一生かかっても分からないと思うけどね、あんな凡人共には」
「束さんが他人に興味がないのは知ってます。それで、アメリカは何をするつもりなのですか?」
「いっくんの暗殺が狙いだろうね。なんで持ってるのか分からないけど、いっくんの写真にナイフを突き立てたり、拳銃で撃ち抜いたりしてたから」
「俺が狙われる分には問題ありません。その方が対処しやすいですから」
「それから、元アメリカ代表候補生のダリル・ケイシーや軍属だったナターシャ・ファイルスに連絡を取ろうとしてたけど、それは束さんの方で妨害しておいた」
「例え連絡が取れたとしても、その二人がアメリカの為に動くとは思えませんけどね」
既に一夏に多大なる恩がある二人が、今更アメリカの為に働くとは束も思っていない。だが、連絡さえ取れれば、いくらでも洗脳する方法があるので、それを未然に防いだのだ。
「とりあえず、面倒事になる前に束さんがアメリカのみを焼き尽くす兵器を開発して皆殺しにしてもいいんだけどね」
「関係のないアメリカ国民を巻き込むのは避けた方が良いでしょうね。それに、こちらから先に仕掛けてしまったら向こうに大義有りと言い出さないとも限りませんので」
「大義なんて、最初からいっくんにあるじゃん」
「俺は独裁をしたいわけではありませんので」
束から視線を逸らして、一夏は足音を立てずに部屋の扉を開けた。
「というわけですので、警戒は怠らないでくださいね」
「やはり気づいていたか」
「むしろ気づかれていないとでも思ってたのですか?」
「束さんもわざわざ、ちーちゃんとなっちゃんにも聞こえる声量で喋ってたんだからね」
「貴様にそんな気遣いが出来たのかと思うが、とりあえず事情は聴かせてもらった」
「つまり、私たちが二十四時間、三百六十五日一夏の身辺警護をすればいいんだな!」
「何をどう聞いてたらそう言う結論になるんですか……貴女たちは周りに被害が及ばないように努めてください。こちらは更識で対処しますが、生徒すべてを守るには更識では足りませんので」
四六時中この姉二人に付きまとわれてはたまらないので、一夏は二人を周辺警護に回してなるべく遠ざける事にした。
「そもそも、ちーちゃんやなっちゃんがいっくんの護衛じゃ、安心出来ないからね」
「「何故だ」」
「二人がいっくんを襲う可能性の方が高いからに決まってるじゃないか」
束の言い分は一夏ももっともだと思っていたので、数回頷いてから扉の外で待機している美紀に声を掛けた。
「話は終わってるから入ってきてもいいぞ」
「千冬先生、千夏先生、一夏さんの護衛は私たちがしっかりと致しますので、学園の方をお願いします」
不承不承ながらも、千冬と千夏は学園の警備を引き受け、部屋から出て行った。
「束さんも、警戒は怠らないようにしておくね。それじゃあいっくん、またね」
束も大人しく部屋から去り、一夏はまたしても気の休まらない日々がやってきたとため息を吐いたのだった。
やっぱり敵はアメリカ……