強行スケジュールでカナダを訪れ、その日の内にアメリカへの対処を済ませた一夏と碧は、更識が所有するプライベートジェットに乗り込んだ。
「わざわざ出向く必要は無かったかもしれませんね」
「ですが、電話で済ませられるような案件でありませんし、必要以上にアメリカを刺激するのも問題ですからね」
「今のアメリカの状況は、誰がどう見ても自業自得だというのに……まぁ、後はティナの国籍変更手続きが済めば、アメリカとの関係は完全に断ち切れますからね」
アメリカに対する処置をカナダに一任する事を決め、他国の外相との話し合いも済ませたので、後はティナが移籍すればアメリカに対する罰を実行する事が出来る。一夏は漸く国際問題も一段落ついたと安堵の息を吐きながらシートに腰を下ろした。
「無理せずカナダで一泊しても良かったのでは?」
「俺は気にしませんが、帰って碧さんが刀奈さんたちに問い詰められる事は避けた方が良いですから」
「更識の当主様が、一部屋分の料金をけちる必要は無いと思うのですが」
「当主だからこそ、無駄遣いは避けるべきだと思いますよ」
更識の財政は、一部屋分の料金をけちらなければいけない程困窮しているわけではない。むしろIS主体になってからというもの、その財政は潤い続けているくらいである。だから働かない本音にお小遣いを渡しても誰も文句を言いださないのだ。
「私としては、一夏さんと同じ部屋で寝られるのは嬉しいですし、刀奈ちゃんたちにはありのままを話せば終わりですから良いんですけどね。その後大変なのはむしろ、一夏さんの方だと思いますけど」
「『碧さんだけズルい!』って言いだしそうですしね……」
一夏としては、誰かを贔屓するつもりは無いので順番に一緒に寝るのは仕方ないとは思うが、毎回そうなるのは大変なので黙っておきたいのだ。だから多少無理をしてでも日本に帰るという選択をしたのだ。
「篠ノ之さんも正式に復帰しましたし、虚ちゃんからの報告では問題なくISを動かせたとの事ですし、これで漸く一息つけそうですね」
「まだすべてが終わったわけではないですけどね……とりあえず大きな問題は解決の目途がついたのは確かです」
「では、間もなく出発ですので、一夏さんはごゆっくりとお休みください。警戒は私がしておきますから」
「碧さんも休んでください。日本に着いたら教師の仕事があるんですから」
「一夏さんも、学生として授業に出なければならないのですから、ゆっくりしておいた方が良いですよ」
互いに休める時に休んだ方が良いという結論に行きつき、一夏と碧は飛行機内でぐっすりと寝ることにしたのだった。
強行スケジュールであることは刀奈たちも聞いていたが、まさか行ってすぐ帰ってくるとは誰も思ってはいなかったので、一夏たちが学園に帰ってきた事に驚いていた。
「二人とも、大丈夫なの? さすがに無理し過ぎじゃないの?」
「まぁ、無理してるという自覚はありますから、大人しく怒られます」
「今日はもう休んだ方が良いのではないでしょうか? 授業もありませんし」
「? そうか、今日は日曜日でしたね……」
携帯のカレンダーを確認して、今日が休日であることを思いだした一夏は、疲れ切った笑みを浮かべながら頭を掻いた。
「とりあえず、部屋で休んでます。何かあったら言ってください」
「珍しく本音が働いてくれてるので、一夏さんはゆっくり休んでください」
虚の言葉に目を見開いた一夏ではあったが、特に何も言わずに頷いて部屋に引っ込んでいった。
「さすがの一夏君でも、本音が働いてるっていうのは驚く事だったんだね」
「まぁ、本音ですからね……」
疲れ切った一夏の背中を見送りながら、刀奈と虚は同時にため息を吐いた。
「とりあえず、私たちは残ってる仕事を片付けちゃいましょうか」
「お嬢様がそこまでまじめに仕事をしようとするとは……明日は雨でしょうかね?」
「それって酷くないかな!? 私だって、一夏君が疲れてる時には頑張るわよ」
「毎日一夏さんは疲れてると思いますけどね……」
主に刀奈と本音の所為で一夏が疲れているのだが、虚はその事は口にせずに生徒会室へ戻る事にしたのだった。
簪と美紀が部屋でお喋りをしていたら、一夏が部屋に入って来て、そのままベッドに倒れ込んだのを見て状況を把握した。
「とりあえず、私の部屋に移ろうか」
「そうだね。一夏さんも疲れてるみたいだしね」
足音を立てないように静かに部屋を出て、簪と美紀は簪の部屋に移動する事にした。
「更識妹と四月一日、何をこそこそしているんだ」
「一夏が疲れ切って部屋に入ってきたので、私たちは移動しようとしてるだけです」
「一夏が疲れ切っている? それならわたしたちが癒してやらなければな!」
「お願いですから、一夏さんの休息の邪魔をしないでください」
「最近お前らも私たちに容赦なくなってきてるな」
一夏の事なら織斑姉妹だろうが誰だろうが戦うつもりでいる二人に、織斑姉妹は苦笑いを浮かべて二人の前から消えた。
「相変わらずすさまじい移動速度だね……」
「気配すら掴ませないからね……」
そこだけは尊敬出来ると、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべたのだった。
二人も織斑姉妹に対する遠慮が無くなってきた……